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わが国の〝かたち〟をとりもどそう 武道のすすめ③

その九十一
わが国の〝かたち〟をとりもどそう
- 武道のすすめ - ③

六 武道の受難
  先に述べたように、日本人は「道」ということばを好んで使う。
日本人は、武道に限らず、習い事あるいはスポーツを「稽古」あるいは
「修行」と考えることによって、生き方の道しるべとしてきた。
われわれは、この「○道」を稽古(修行)することが、他の国で行われて
いる宗教的信仰の代替的行為となっていたのである。

 逆に考えるならば、宗教教育のないわれわれは、なんらかの「道」
の習いをしていなければ節操のない生き方となってしまうということ
かもしれない。それゆえ昔から日本人は、何ごとにもしゃかりきに
「道」をつけることにより、精神性や道徳性を高くもたそうと努力してきた。 

 昭和二十年(一九四五)、太平洋戦争における日本の敗戦は、
日本古来の武道に壊滅的な打撃を与えた。
武道はGHQ(総司令部)から、国家主義、軍国主義に加担していたという
理由で禁止され、指導的立場にあった人たちは公職追放という憂き目に遭った。

 また戦後の日本は、占領軍の指導のもと、戦前を完全に否定した教育
改革が行われた。民主主義が強調され、他のスポーツはますます盛ん
になった一方で、武道は全く反対の道を辿らざるを得なかった。

 その後、柔道、弓道、剣道という順に学校教育として復活を果たすが、
それらはわが国伝来の「武道」の名を冠することは許されず、「格技」<註2>
と呼び名され、スポーツの衣を着ての再出発であった。
柔道、剣道など、名称に「道」は付されていても、それは「道」の思想あるいは
観念に根ざすものではなく、単なる競技種目名としての呼称にすぎないものであった。

 当時の占領軍による弾圧ぶりを明確に伝えている例を一つあげてみる。
戦後、剣道を復活させようとする動きの中で、関係者は再出発に際し
「剣道」の呼び名を自ら憚(はばか)って、「撓(しない)競技 」という名称で
新連盟を発足させた経緯がある。
「しない」で打ち合う「競技」ということでの命名である。
米軍が極端に日本刀を恐れたということから、「しない」<註3>という文字も、
「刀」を使った「竹刀」の表現を避け、「撓(しな)う」の字を使うという慎みぶりである。

柔道は嘉納治五郎がIOC委員でもあり、世界に柔道を広めた功績があった
ため、占領軍の理解も得られ比較的早く復活を果たしたが、剣道が正式に
復活するのは、昭和二十七年(一九五二)の講和条約が発効した後のことである。

 この武道禁止の措置は、まさしくわが国の伝統の否定であり、日本弱体化
政策の一環であった、ことに疑う余地はない。
伝統を否定させ、「道」がないがしろにされれば、国民の道徳の基盤が
崩れるのは当然のことである。

-〝モラル崩壊〟の原因はここにあり -

<註2>「格技」という語は、「combative sports」の訳語として誕生したものである。
「武道」という言葉が「military arts」と訳されるものならば、GHQが許可しないで
あろうということで、柔道、剣道などを総称して「格技」という名称を使うことにした。
ゆえに、競技スポーツ性を前面に出しての出発とその推移であった点に憾み
が残る。戦後四十数年を経てようやく、平成元年の学習指導要領改訂により、
名称が「武道」にかわることとなった。

<註3>もともと「しない」の語源は、撓(しな)うからきており、「竹刀(しない)」
と当てられたのは後からのことであるが、当時において「撓」の字を使った
のはけっして復古的意味としてではなく、明らかに「刀」の字を使うことを
憚ったものと解される。

七 戦後の教育
 戦後、国民道徳の基盤が崩れたと言われるが、それはもう少し年数を
経てからのことである。
 先述したように、「道」の観念は、きわめて内省的であり、自己教育的
なものである。それゆえに、日本人は昔から自己否定的にわが国を考える
習性がある。それが終戦直後においてはよい方向に発揮された。

 日本人の持ち前の内省力は、「一億総懺悔」というかたちで表れ、
国民一丸、勤勉一色でいち早く復興を果たした。
まさしく日本人「道」の力がなせるわざであった。
 しかし、戦後の復興とその後の高度成長は、戦前の教育を受けた人たち
が成し遂げたものである、ことをひとときも忘れてはならない。

 昭和二十二年(一九四七)に教育基本法が制定された。そしてその翌年、
『教育勅語』が廃止となった。
『教育勅語』は、明治二十三年(一八九〇)制定されて以来、国民道徳の根源、
国民教育の基本理念を明示したものである。
この人倫の大綱であった『教育勅語』を、国家主義を唱導するものとして廃止されたものである。

 この一連の教育改革といわれるものが、占領軍による日本弱体化政策で
あるとつゆ知らず、民主主義、平和主義、自由の謳歌、個性の尊重という価値
判断のもとに着々と行われてきた。
そしてその中で、自分の国を批判する教育や、いわゆる「自虐的歴史観」の教育
が長い間行われてきた。そして、それが真実であると思い込んでしまっている
世代が、何代も積み重ねられてきた。

 このようにして数十年が経ち、ついに「モラル崩壊」の時代を迎えることとなったのである。
- 日本人の〝かたち〟をとりもどそう -

つづく
平成28年10月6日

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Author:新宿区剣道連盟
「井蛙剣談」への思い

 「井の中の蛙大海を知らず」と自覚しつつ
「井の中は誰よりも知っている蛙」に成り代わり書き進めてまいります
つたなき指導の一環とお受け止めいただければ幸いです
               真砂 威

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