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「ニュートラル」について

その八十八
「ニュートラル」について
 前回は、第12回関東・東北高齢剣友会合同稽古会における小生の講義内容を紹介させていただきました。
 その中で、当日会場での言葉と動作を文章にした場合、自分の思いがうまく言い表せていないもどかしさが若干残っております。

 その一つが「ガマン」です。漢字で書けば「我慢」ですが、あえてカタカナ表記にしたのは、字句からくる本来の我慢の第一義である「自分をえらく思い、他を軽んずること。高慢。」とか「我意を張り他に従わないこと。強情。」といったことから次元を離れ、第二義的な「耐える」とか「湛える」といった面を強調したかったゆえですが、どうもうまく伝わっていないような気がしてなりません。
 
 ふつう、そのような状態を言い表す表現として「ため」という言葉がよく用いられています。
 「ためて打て」とか「ためが足らない」といったぐあいに指導がなされていますが、その「ため」は「溜める」からきており、「とどめる。せきとめる。あつめる。たくわえる」という意味から転じたものです。

 『剣道指導要領』(全剣連発行)の「主な剣道用語」では「ため」を、
 相手の攻めに対応する場合、あるいは技を出す場合、緊張の中にもゆとりを持たせ、心身を充実させた状態
としています。

 たしかに、そつがない説明ではありますが、実際の指導現場ではこの剣道用語を直に引用しても、なかなか攻防の切羽詰まった場面を描き出すことはできません。
 およそ人口に膾炙する定説や正答と言われるものは、作者の感情移入がほどこされず迫真性に乏しい表現となりがちなものが多く、隔靴掻痒の感が否めません。

 ですから敢えて「ため」という言葉を使わず「ガマン」としたのは、「ため」をつくるための彼我の関係性と自己の心と身体の有り様をより具体的に言い表そうと思ったからです。

 それゆえに、技を打ち出すまでのプロセスを「しごと」というふうに言い表し、
①相手と対する
②打つぞ突くぞの気迫で圧する
③緊迫度が高まる.緊張が走る.身体が強張る.反発意の惹起.心気の綻び
④気と気が合致
⑤「いま」という瞬間(機会)
この①から⑤までのプロセスを経て打突動作に移ることが肝心である。しかし、実際そのガマンが出来ないのが現実であり、どうしても①②ぐらいのところで、ガマン出来ず打突動作に出てしまう、としました。

 ところが「我慢」をいくら「ガマン」と記そうが〝がまん〟という語を文字として皆様方にお示しした以上、どうしても膠着や不自由といった負のイメージが付きまとってしまうという憾みが拭いきれません。

 そして「しごと」と「ガマン」だけでは、「ため」を含む打突の好機をとらえる状態を説明するには不十分であるとの考えに至りました。

 ということで、このたび新たに「ニュートラル」という言葉を付け加えさせていただきます。

 ニュートラルを『広辞苑』で引くと、「①どちらにも属さないこと。中立。不偏不党。②中性。無性。③機械装置で、原動機と動力伝達装置が切り離された状態」となっています。

 これを剣道的に言い替えれば「揺らぎある安定」または「コントロールされた不安定」とでも申しましょうか。そういったニュートラルな心身の状態にいないと千変万化の状況に応じたはたらきができません。

 詰める「しごと」によって、わき上がった一触即発の局面を、「ニュートラル」の状態を保ちつつ「ガマン」し、打突の機を待つ。これこそが筆者の真意に近いものであります。

 他方、この筆者の思いを補足する意味において、ここに歴史に堪え現在に遺る剣の要諦、*「懸待一致」と、宮本武蔵が『五輪書』で教える**「先手を待つ心」を手引きさせていただきます。

 これも隔靴掻痒の例外とは言えませんが、どうか「しごと」「ガマン」「ニュートラル」とともに皆様方それぞれの修業段階に応じて意のままに味読、咀嚼していただき、更なる高い境地に進んでいただくよう願うものです。

*懸待一致(けんたいいっち)
 懸とは相手を攻めたり、打ちかかることで攻撃の意味、待とは相手の動きを冷静に見極め出方を待つことで防御の意味である。攻撃と防御は表裏一体をなすものであり、攻撃中でも相手の反撃に備える気持ちと体勢を失わず、防御にまわっている時でも常に常に攻撃する気持ちでいることの大切さを教えている。
『剣道指導要領』(全剣連発行)参照

**先手を待つ心(引用部アンダーライン)
 兵法勝負の道におゐては、何事も先手先手と心懸くる事也。かまゆるといふ心は、先手を待つ心也。能々工夫有るべし。
 兵法勝負の道、人の構をうごかせ、敵の心になき事をしかけ、或は敵をうろめかせ、或はむかつかせ、又はおびやかし、敵のまぎるゝ所の拍子の理を受けて勝つ事なれば、構といひ、後手の心を嫌ふ也。
 然る故に、我道に有構無構といひて、かまえありてかまへはなきといふ所也。
『五輪書』(岩波文庫、渡辺一郎校注)「風之巻」
「一 他に、太刀の構を用ゐる事」参照
つづく
平成28年8月20日
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Author:新宿区剣道連盟
「井蛙剣談」への思い

 「井の中の蛙大海を知らず」と自覚しつつ
「井の中は誰よりも知っている蛙」に成り代わり書き進めてまいります
つたなき指導の一環とお受け止めいただければ幸いです
               真砂 威

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