「伝統」と「差別」、その一幕

その七十八
「伝統」と「差別」、その一幕

 しばらくご無沙汰しておりました。特に忙しいわけではありませんが、雑事に取りまぎれ、つい筆を執りわすれておりました。
 前回、「『力量』と『品格』について」を載せてから瞬く間にひと月半以上が過ぎ去り、3月という月がまるまる飛んでしまいました。

 このたび届いた、『月刊武道』(日本武道館発行)の最新号(平成27年4月号)をめくってみて、はっと、わが剣談の滞っていることに気がつく始末です。怠慢をお詫びし、これをよすがに気を取り直し、再び綴ってまいりたいと存じます。

 そのきっかけとなった『月刊武道』4月号ですが、リレーエッセイという巻頭言において、脚本家で横綱審議委員も務めた内館牧子氏が、「伝統の価値観」という表題で次のように述べておられるので、ここに全文を紹介させていただきます。

 伝統文化や伝統競技など、伝統社会に身を投じ、禄(ろく)を食(は)むには覚悟がいる。
 大相撲の横綱白鵬が、初場所十三日目の対稀勢の里戦について、自分の勝利は、
 「子供が見てもわかる」
 と発言。なのに取り直しをさせられたとして、審判団に対し、
 「もっと緊張感をもってやってもらいたい」
 と断じた。さらには、
 「肌の色は関係ない」
 と言っている。これは外国人差別をさしているのだろう。自分はモンゴル人なので、「子供が見てもわかる勝利」なのに取り直しになったと言いたいのだと、多くの人は感じたはずだ。
 私は2010年まで10年間、横綱審議委員として、かなり色濃く日本相撲協会と接してきたが、差別を感じたことは一度もない。むろん、日々の部屋住み暮らしの状況まではわからない。ただ、「肌の色」によって取り直すとか、「子供が見てもわかる勝利に物言いがつく」とか、これらは噴飯ものである。
 おそらく、白鵬は力士生活の中に差別がないことは、わかっている。そしておそらく、白鵬が感じている差別とは、年寄名跡の襲名資格のことではないか。国際化が進んでも、新記録を樹立しても、「年寄」として協会に残るには、日本国籍が必須条件なのである。
 白鵬は大記録を樹立した上、不祥事続きの相撲界を一人横綱として支えた。それは他の誰にもできない貢献だった。
 あくまでも私の推論だが、白鵬は自身の貢献や新記録などのより、「日本国籍」などという決まりがなくなるか、あるいは自分に特例が与えられると希望をもっていたのではなかろうか。それができそうにないとわかり、暴言に至った。
 どこの国であっても、一個人が伝統を変えるのは難しい。自国に照らし合わせればわかるだろう。伝統を変えるには周到な準備と理論がいる。伝統の価値観というものは、個人の評価や数値でケロッと変わりうるものであるはずがない。

 まさに、「力量」と「品格」について、の続編ともいうべき内容です。
 女性唯一の横綱審議委員で、「横審の魔女」の異名をとり、元横綱朝青龍の天敵とよばれ、辛口で知られた内館牧子氏の、このたびの白鵬に対する思いなし、皆さんはいかがお感じでしょうか。

 それはさておき、先月、大相撲大阪場所が行われましたが、ご存じのように大阪場所では優勝力士に大阪府知事賞が授与されます。
 ふり返れば平成12年、横山ノック知事の辞任に伴い、太田房江氏が女性初の大阪府知事に就任しました。

 しかし大相撲では、土俵上は「女人禁制」という伝統があるので、太田知事は自分で手渡すことができません。代わりに男性の代理人をたてて知事賞を授与することを余儀なくされました。

 これに対して太田知事は、知事賞なのだから知事である自分が土俵に立って優勝力士に手渡したいと主張しました。
 また、太田知事の発言を支持する人たちからは、女性の社会進出がすすんでいる今日、国民的娯楽である大相撲の土俵に女性が登れないというのは時代遅れである、と日本相撲協会への批判が起こります。

 いっぽう日本相撲協会は、大相撲はただのスポーツではなく、日本古来の様々な伝統儀式が織り込まれた伝統文化でもあるので、と理解を求めます。

 こういったさなか、内館牧子氏は、相撲協会側を全面的に支持します。伝統の世界に〝男女共同参画〟の視点を安易に持ち込もうとする、と、この風潮に釘を刺すかたちで、「伝統維持」の姿勢を貫き通しました。

 時機到来、とばかり男女差別撤廃の狼煙(のろし)が一挙に上がるかと思いきや、その寸前に奔流を押し止めた、内館牧子氏の日本相撲協会への功績は多大なものであったと言えるでしょう。

 相撲界という男の世界にひとり入り込んで活躍する、女性、内館牧子氏ならではの効果、てきめんでした。

 この土俵上の女人禁制については百家争鳴、賛否両論が入り交じりましたが、燻(くすぶ)ったまま現在は鳴りをひそめているようです。

 こういう経緯から察しても内館氏、この「伝統の価値観」の一文は、少なくとも「差別」と闘う立場で記されたものではないことは容易に推し量ることができます。

 翻って剣道界ですが、男女差別ということに関しては、今のところ問題点なし、としているようです。しかし、それが一旦「体制」や「伝統」という問題に話が及んだとき、剣道界もやはり外国との関係において大相撲と同じような問題を抱えることになる、と指摘せざるをえません。

 ここでは詳しく述べませんが、大きくとらえて、剣道を「国際化」するのか、あるいは「国内化」、言い換えれば、わが国の伝統的といわれるローカル剣道を諸外国に広める、ことでよしとするかです。

 異なるものを取り込む力がなければ崩壊は免れない、と危惧の声も聞こえるなか、果たして今後、どのような方向に舵が取られるのでしょうか。

 さて、来月末(5月29日~31日)には日本武道館で第16回世界剣道選手権大会が開催されます。
 そして、わが新宿剣連のスチュワート・ギブソン五段がイギリス選手のキャプテンとして出場いたします。
 新宿剣連としては目下、イギリス選手団との合同稽古と歓送会を計画中です。

 また、この世界大会に際し、多くの外国剣士が新宿スポーツセンターの道場へ稽古に訪れることが予想されます。
 首都、東京の都庁所在地、「新宿」であります。挙げて外国剣士を歓迎いたしましょう!

 そして、ぜひこの機会に、世界に拡がりゆく剣道、そしてその在るべき姿について、じっくり考えを巡らそうではありませんか。つづく
平成27年4月5日
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Author:新宿区剣道連盟
「井蛙剣談」への思い

 「井の中の蛙大海を知らず」と自覚しつつ
「井の中は誰よりも知っている蛙」に成り代わり書き進めてまいります
つたなき指導の一環とお受け止めいただければ幸いです
               真砂 威

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