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いわゆる「三所避け」について

その七十四
いわゆる「三所避け」について

 居つきを相撲でいう「死に体」と同様にとらえ、「居つき即、死」の勝負観をもって修業することが肝要であると申し上げました。が、巷の大会においては極限の居つきともいえる、いわゆる「三所避け」が依然として横行しています。

 「三所避け」という言葉を誰がつくったのかは知りませんが、「左拳を頭上に上げ体を右一重にする防御一辺倒の姿勢」などと表現すると長ったらしいので、ここでも「三所避け」という表現を使わせていただきます。

 何年か前、某高校がこの防御姿勢を最大限駆使して全国優勝を遂げてから流行りだしたとされています。
 それ以前においても、あの防御姿勢が皆無だったわけではありませんが、ここでは取り上げません。

 たとえ居ついたとしてもあのカタチに固まってしまえば有効打突を奪われることがないのですから、試合者にとってこんなにうまい話はありません。

 打突の好機であるはずの居つきですが、あの三所避けのカタチに固まってしまえば、どこも〝打たれない-打てない〟のであれば勝負どころは三所避け体勢に入る前の瞬時しかないことになります。

 これでは剣道自体が成り立たないと考えるものです。
 なぜか?
 それに答えるには剣道の原点をふり返ってみる必要があります。

 その前に、話しの混乱を避けるため、「居つき」と「三所避け」を切り離して考えてみたいと思います。

 現代剣道の生い立ちは、江戸時代の中期に竹刀と*防具が考案されたことにより、竹刀防具打込稽古がはじまったことによると言われています。
 それ以前は、剣術の修業は組太刀による型稽古によって行われていました。

 江戸時代の中期といえば戦乱の時代から百年ほど経ち、人心は治まり太平の世となっていました。そのような時代背景のもと、実際の刀を使った勝負はほとんどなくなってゆきます。

 そして剣術の型稽古も実戦からしだいに遠ざかり、それとは反対の方向に進化し、見栄えを競う華美なものへと変容をきたしました。
 こういった華美に流れる風潮から脱するものとして、竹刀防具打込稽古法が台頭してくるわけです。

 防具に身を護られ安全性は確保されているものの、真剣勝負さながらに打ち合う竹刀防具打込稽古は、競技的興味も加わり徐々に主流となっていきます。

 また、打突部位を「面」「小手」「胴」「突き」に限定させたことも、安全性と競技性を高め、他流試合を可能にいたしました。

 そもそも防具は、甲冑(かっちゅう)を基に考えだされたもので、身体の要所を保護するものです。甲冑戦においては斬突不能の部位を、竹刀打込稽古では、逆にそこを打突することが一本になるという、いわばポイント制が導入されたわけです。

 今の三所避け問題の根源は、打突部位を4つに限定することに根源があると思われます。

 しかしその当時においては、競技化といっても真剣勝負が前提にあってのことです。下図のように古流には三所避け様の構えも存在しますが、あのカタチをとれば袈裟斬りや足をなぎ払われる弱点をわかった上でのこの構えです。

八重垣(新陰流兵法目録事より)
  八「(重)垣」(『新陰流兵法目録事』より)

 しかるに竹刀打込稽古において、心理的に真剣勝負と同一性をもたせるためには、打突部位の限定とともに構えや動きにも制限を設ける必要性が生じるわけです。

 すなわち打突部位の限定と構えや動きにも制限を設けることをセットにして、攻と防のバランスをとり、精神性において真剣勝負と同等の緊迫感を再現しようとしたわけです。

 もちろん当時には競技規則のようなものはありません。黙契といいますか、暗黙の了解で行われたのでしょう。

 武道論研究者で神戸学院大学教授の前林清和氏は、その著『武道における身体と心』(日本武道館発行)で、ここのところを「実戦場面での心理的追体験」という表現をしています。同書は、

 打突部位を限定することにより、無駄な動きを省略し、「面」を中心とした攻防の技で相手と対峙し、心理面を含めた優劣を競い合う、という競技方法を採っているのだと考えられる。打突部位が限定されているからこそ、相手が攻めてきても動じない、下がらないでぎりぎりのところまで耐え凌ぐ、心の深層から湧いてくる恐怖心や情動を抑え、精神的な安定、深化を目指そうとする。使える技を限定することによって、心理的緊張状態を高め、その中でいかに不動心、平常心をわがものとし、精度の高い攻防打突を達成していくか、そこが現代剣道の鍵となっているのである。

と述べています。
 この〝精度の高い攻防打突を達成〟ということに思いをいたすと、万全の避けを駆使する試合方法を容認することは到底できません。

 真剣勝負—この言葉は剣と剣を交えた戦いのように、極度な緊張状態で向かい合う場面を表現する言葉として、今も日本人が好んでよく使っています。その「真剣勝負」性の再現をめざす剣道試合に、三所避けはおよそ似つかわしくありません。つづく

* その当時は「防具」や「剣道具」という用語はなく、それに相当する語としては、「道具」「武具」「竹具足」「竹鎧」といった語が用いられていた。
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新宿区剣道連盟

Author:新宿区剣道連盟
「井蛙剣談」への思い

 「井の中の蛙大海を知らず」と自覚しつつ
「井の中は誰よりも知っている蛙」に成り代わり書き進めてまいります
つたなき指導の一環とお受け止めいただければ幸いです
               真砂 威

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