スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

日本人より日本人らしい、こと

その六十八
日本人より日本人らしい、こと

 外国とくに西欧では、剣道を習う動機が日本刀への興味に端を発する、というケースが多いようです。もちろん竹刀の原点は日本刀ですから、当然と言えば当然なのですが。そのなかには竹刀と日本刀とを同一視して見る向きも多く、居合が盛んに行われ、剣道人口の中で居合の占める割合が、日本の比とならないぐらい高いのです。
 それはそれで結構なことではありますが、そんな彼らの多くは、剣道と居合は一体、という考えをもっています。日本の伝統文化、剣道の歴史をふまえたなら言わずもがなのこと、のはず。

 ところが本家の日本では、大多数の剣道愛好者はそうではありません。
 彼らは、そのような日本の現状を憂慮し、「なぜ、日本の剣道家は居合をやらないのか?」と、訝しがります。

 もうひとつ。
 外国の剣士は形の稽古に熱心であることはよく知られています。そんな彼らの多くは、日本剣道形と竹刀剣道との間に作法の面において齟齬があることに異を唱えます。

 例えば、日本剣道形では、立礼をした後、右手に提げた刀を左腰に差します(木刀の場合は、立礼をした後、左手に持ちかえて帯刀する)。しかし、竹刀剣道の場合は初めから刀を左手に提げ、立礼の後、そのまま左腰にとります。
 また、形の場合は、帯刀するとき親指を鍔にかけますが、竹刀剣道の場合はそういう定めはありません。

 これらは外国の剣士から投げかけられる疑問の一端ですが、このような問いかけに対し、われわれはどのように応ずればよいのでしょうか。

 日本では剣道愛好者のほとんどが、剣道ものごころ、がつく前に倣っていることなので、あたりまえの世界として刷り込まれています。ですから、このような外国剣士の進言に対して、かえって新鮮味を覚え感心するようです。

 よしんば異見をさしは挟もうと思っても、彼らの正論ともいえる主張の矛先を鈍らせることは至難の業です。多くは舌を巻き、ほぅ「日本人より日本人らしい!」と賞賛するのがお決まりのようです。

 さもなくば、逆に「昔からやっていることだ」「日本のやることに文句を言うな」と、撥ねつけるかです。こういった居丈高な態度は、ある立場をもった高段者に多いようですが、これではかえって反発を招くだけの結果に終わります。

 このような外国剣士の疑問について筆者は次のように考えます。納得をえられるかどうかは別として…。

 まず一つ目の、剣道と居合を一体とする考えについて。
 たしかにわが国でも戦前は、剣道と居合を一体としてとらえ共に修錬するのが当たり前であったわけです。それは、戦前の国民皆兵と言われていた時代、軍隊では剣道の訓練が行われ、軍刀は基本的に日本刀が用いられていた、ゆえでもあります。

 その上で、剣道の歴史の中で、昔の斬突の技法としての剣術が、さまざまな過程を経て現代剣道へと移り変わってきたこと。とくに戦後は、刀と適度に距離を置きつつ発展してきたという歴史、いわゆる「刀ばなれ」に至った経緯を知ってもらう必要があります。

 ※ 『心すべきこと<上>』(平成24年2月28日)、『心すべきこと<下>』(平成24年3月15日)、『日本刀と竹刀』(平成25年6月14日)参照のこと。

 二つ目の、日本剣道形と竹刀剣道との作法面での齟齬について。
 総じて外国剣士は形稽古に熱心であるがゆえ、竹刀剣道も形と同一の礼法を行うのが本義である、というのが彼らの主張です。

 これも一見正論のようですが、日本剣道形(制定時「大日本帝国剣道形」)の制定は大正元年です。しかし、竹刀防具打込稽古の歴史はそれよりはるかに古く、江戸時代中期に始まったとされています。

 その後、幕末から現在に至るまで、戦後の一時期を除き連綿として継承されていますが、いにしえより竹刀稽古があの日本剣道形の作法で行われていた、とは、寡聞にして存じ上げません。
 明らかに日本剣道形の作法の方が後付け的であるのです。

 ほんとうに剣道を学ぼうとするのなら、そんなしゃちこばった枠組みよりも、竹刀と竹刀を交えての攻防の理、「力まず」「居着かず」「機をとらえて打つ」といった技量的なもの、または、そこから派生するさまざまな理合——
 こういったものを修錬することに剣の要諦がある、ということを知らしめることが肝心であると考えます。
 もちろん、自らが身を以て模範を示すことが一番大切、であることは論を俟ちません。

 もう一つ、日本人は、無駄なものを切り捨てることに長けた能力をもつと言われています。
 また、「省略」あるいは「簡潔」というものに美を感じる特性をもっているとされています。

 短歌・俳句といった凝縮の言語文化、禅宗寺院にみられる枯山水の庭園、自然を小さな空間に閉じ込める生け花、佗び茶の簡素性、能楽の簡略性など数え上げればきりがありません。

 剣道具を纏い小手をはめた不自由きわまりない手で、竹刀を持ちかえたり、親指を鍔にかけたりとした、ごてごてとしたものを省く。これも日本の美学の一つであると感じるものです。

 「日本人より日本人らしい」といわれる外国剣士たちの言う、剣居一体とか形偏重といった姿勢には、やや頭でっかちの〝原理主義〟的なニオイが感じられなくもありません。

 「日本人が自らの手で純粋文化を歪めるのであれば、われわれの力で取りもどそう」などと、西欧剣士が立ち上がる時代が来ることも予想されます。

 これまた、有り難迷惑、な話ですが、こういった善意の外圧にも耐えうる理論構築を日ごろから講じておく必要があると強く感じる昨今です。

<余談>
 最後に前回の冒頭、立て看板の話にもどります。いえ、けっして絵画「夢見るテレーズ」の芸術的視点での話ではなく、野卑で世俗的な話題で恐縮です。

 筆者も、あのスカートがはだけた、あられもない姿を見て、一瞬ドキッとしました。そして次の瞬間に、年端も行かない少女であることを見定め、なぁーんだ、と胸をなで下ろしたしだいです。

 婦人であれば淫らとされる姿も少女であれば詮ないこと、とするのは、たしかに道徳的な見地ではあります。が、こういった凡人の思いの揺れと、バルテュスの作意との間には、全く接点はなさそうです。

 直の裸体あるいは水着姿であれば、それほど刺激的に感じられないものが、スカートという覆うしつらえがありながらも、そのものが、めくれる、はだけるなどした場合に、ドキッとする。これは男性だけ、あるいは男女共有なものかどうか、筆者にはわかりません。

 話はここまでとしますが、女性のスカートは、神秘あるいは禁断のベールという役割を果たす大事な存在であるということを改めて感じました。

 芸術か、ポルノか。井蛙剣士には永遠にわかりかねる疑問符ですが、もし、「夢見るテレーズ」の画に、あのスカートの輪郭がほどこされていなかったら、きっと傑作に値しなかった、ということだけはわかったしだいです。つづく
平成26年8月14日
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

新宿区剣道連盟

Author:新宿区剣道連盟
「井蛙剣談」への思い

 「井の中の蛙大海を知らず」と自覚しつつ
「井の中は誰よりも知っている蛙」に成り代わり書き進めてまいります
つたなき指導の一環とお受け止めいただければ幸いです
               真砂 威

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。