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「バルテュス展」に足を運ぶ

その六十七
「バルテュス展」に足を運ぶ

 ピカソをして「20世紀最後の巨匠」と言わしめた画家*バルテュス。そのバルテュス展が、4月19日(土) ~ 6月22日(日)、東京都美術館で開催されました。
 下はバルテュス展のチケットの半券ですが、この絵は彼の代表作の一つ「夢見るテレーズ」(1938年、メトロポリタン美術館蔵)です。
バルテュス展の半券

 この絵がバルテュス展の立て看板となっていたのですが、けっして小生、上野公園に掲げられたこの絵に吸い寄せられて入場した、というわけではありません。

 と申しましても、この野暮剣士が芸術に積極的な関心を示すはずもないわけですが…

 きっかけは、『文藝春秋』(平成26年6月号)の、[二十世紀最後の巨匠「夫バルテュスが愛した美しい日本の精神」]と題する、バルテュスの妻、節子夫人の綴りを読んでのことです。
 節子夫人の本名は、節子・クロソフスカ・ド・ローラです。ご自身も画家で、バルテュス財団名誉会長を務めておられます。
 以下、綴りの一部を紹介します。

 フランスの画家バルテュスと節子さんの出会いは、昭和37年(1962年)、京都の智積院(ちしゃくいん)であったと記されています。
 当時、ローマのアカデミー・ド・フランスの館長であったバルテュスは、パリで日本古美術展を開催するため、その出品物を選ぶ目的で、ときの文化大臣アンドレ・マルローの依頼を受け3ヶ月間の予定で来日。当時の節子さんは上智大学仏文科の学生で、その案内役の一行に加わっていました。

 バルテュスと節子さんの出会いは、「十返舎一九、好き?」で始まった、と。節子さん20歳、バルテュスは54歳のときです。
 その後の成り行きについては省略しますが、バルテュスと節子さんは、5年後、昭和42年(-67年)に結婚。そして、ローマからスイスのグラン・シャレと約40年間、バルテュスと共に過ごした節子夫人が回想する美と愛情あふれる日々が綴られています。
 
バルテュスは日本の伝統文化をこよなく愛しておりました。後日、「節子をひと目みたとき、私が憧れていた日本の形がその姿のうちに秘められているのがわかった」と、話してくれたことがありますが、日本人である私よりも〝日本人の心〟を持っていたと言っても過言でありません。

特に着物への憧れは格別で、

「日本人はどうして自国にある素晴らしい衣服を大切にし、日々の生活に活用しないのか」というのが彼の口癖で、私にも日常的に着物を着ることを要求しました。

バルテュス自身も着物が一番着心地がよかったようで、寝巻きも常に浴衣であったとのことです。着物の普及活動を行っている民族衣裳文化普及協会の人たちが聞けば感激するような話です。また、

ある日、バルテュスと神田の街を歩いていると、ちょうど神田祭に出くわしたことがありました。若い人たちが印半纏に脚絆の粋な出で立ちでお神輿を担いでいるのを見て、バルテュスは「何と美しい」と感激の声をあげたのです。そうして「日本人も普段から法被を着れば魅力的なのに」と嘆いておりました。
 
と、綴られています。
 なるほど、節子夫人の言うように、バルテュスが日本人以上に日本の心を持っていたことに感心せざるを得ません。が、ここまで読んで、日々の生活は印半纏ならぬスーツかジャケット、寝巻きはパジャマで過ごすわが身ゆえ、か、なにか後ろめたさに苛まれる思いがいたしました。

 同時に、和服である剣道着・袴を身につけることを生業とする身でありながら、日ごろの生活は洋服で過ごす自分に、「日本の伝統文化のまっとうな継承者と言えるのか」と、カツを入れられたような気がいたしました。

 たしかに小生も着物のもつ着心地のよさや、その開放性が好きなので、いっそ今のライフスタイルを見直し、着物での生活が可能な、もっとゆったりとした時空間のもとで暮らしたいとも思いました。自分の年齢(今秋68歳)を考えると…。
 しかし、極めつけに節子夫人は、

 そういえば、彼は「黒船の来航は残念であった。鎖国時代に純粋な日本の文化が培われ、発展したのに」と申しておりました。当時の外国人には珍しく、開国を憂う独特の見解をもっていたのです。

と記しています。
 この、日本の開国を憂い、後進国のままでよいから純粋無垢であるべし、とするバルテュスの見解ですが、皆さん方はいかが思われますか。

 バルテュスの言うように、あのとき鎖国政策を維持し続けていれば、今の日本はどのようになっていたでしょうか。
 有り難迷惑、と言ったらバチが当たるかもしれませんが、こういった思い入れはまさに、贔屓(ひいき)の引き倒し、を招きかねません。

 しかし、この種の話は、剣道の世界でもよくあることなのです。
 日本へ修行に来る外国剣士の中には、日本人以上に日本人らしい人物をよく見かけます。彼らの多くはバルテュス張りと言っていいほどの日本贔屓なのですが、それゆえに生じる問題も起こっています。バルテュスの、開国を憂う見解、のような…。つづく

* バルテュス【Balthus】
(本名Balthazar Klossowski de Rola)フランスの画家。シュールレアリスムの感化を受け、独自の官能性漂う作品や白日夢のような街路の光景を描く。「コメルス‐サンタンドレの横丁」など。(1908~2001)。
(『広辞苑』より)
平成26年7月31日
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Author:新宿区剣道連盟
「井蛙剣談」への思い

 「井の中の蛙大海を知らず」と自覚しつつ
「井の中は誰よりも知っている蛙」に成り代わり書き進めてまいります
つたなき指導の一環とお受け止めいただければ幸いです
               真砂 威

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