日本人の勝負観について 1

その六十五
日本人の勝負観について 1

 前回、宮脇磊介氏の『五輪書』(宮本武蔵)を例にあげ、「必勝は、真剣勝負で相手に負ける事のない最高の精神状態を、日常平素から持ち続けていることによって得られる」という講演内容を紹介しました。

 武の世界においては、勝敗はそのまま生死に直結する世界であるがゆえ、勝敗、生死を超えた境地を求めるというものでした。

 こういった「武の文化」が背景にあるがゆえに日本人は、あらゆるスポーツにおいて、それぞれを武道的にとらえることによって、「○禅一如」の極みをもとめ修錬がなされているとしました。

 また、「剣道とは、なにか 4」(平成24年9月1日)で紹介した中林信二氏は、このような日本人のスポーツに取り組む態度の特徴として、その著書『武道のすすめ』(中林信二先生遺作集刊行会発行)で次のように述べています。


 日本ほど他民族のスポーツを盛んに行っている国も少ないであろう。まさにスポーツの博物館といった観さえある。しかしよく指摘されるように、日本人の行うスポーツは、アメリカ人やヨーロッパ人のスポーツとは随分そのとらえ方や考え方に違いがある。日本人はガムをかみながらプレーできないし、練習場で口笛を吹いたり、ふざけたりしない。また用具に対しても、だだの道具ではなく、何か生命の宿っているように大切に取り扱う。野球にしても体操にしても、日本人の練習に対する態度は非常に「求道的」である。まさに、日本人はスポーツを武道的に行っている。また、武道的要素を多く含んだスポーツやプレーに日本人が魅かれているのではないだろうか。武道はスポーツ化したと同時に、スポーツは武道化して日本人の所有となっているといっても過言ではなかろう。

 この書は昭和62年の発行です。最近では、ガムを噛みながらプレーするプロ野球選手をよく見かけはするものの、総じて今も変わらぬ日本人のもつスポーツ観を言い表しているといってよいでしょう。筆者も大いに共感するところです。

 しかし、スポーツを求道的、武道的にとらえて日ごろの練習に励むことは望ましいとしても、その勝負観においては、先ほどの、生死に直結する世界、の精神論をそのまま競技に持ち込むことはいかがなものでしょう。いま、日本の五輪選手がかかえる隘路が、そのあたりに潜んでいるように思えるのですが。

 「真剣」という言葉は、本身の刀から転じて「まじめ。ほんき。真実」という意味でよく使われます。が、どうも日本人は良きにつけ悪しきにつけ、一所懸命やることを生死を分かつ真剣勝負になぞってとらえる感覚が刷り込まれているようです。これは、「万理一空 <上>」(平成23年10月13日)でも述べましたが、太刀の徳にかかる霊剣の思想を今も引き継いでいるといえるでしょう。

 そして、平常心、無心、無念無想といった心境をスポーツ競技の場で求めようとするわけですが、武の道を専らとしてきた我々でさえ、なかなか到達でき得る境地ではありません。

 それを、超凡といえども10代・20代の五輪選手にして「平常心で臨む」と言わしめる。このこと自体に無理があると思うのです。

 前にも紹介しましたが、『葉隠』(山本常朝口述、田代陣基筆録)に、「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」の教えがあります。これは「生きたいと思い、生きる方が好きな自分に勝つこと」とする窮極の死生観です。先の大戦で、特攻攻撃のような生還無き戦いを強いるのに用いられたとされています。

 しかし、必ずや生きて帰る、ことを前提としたスポーツ選手たちに、その覚悟を、生死を分かつ真剣勝負になぞらせようとするのは、いささか筋違いであると思うのですが…。

 生きて帰ることを前提とすれば、負けて帰る、いわゆる「生き恥」をさらすことへの恐れがふつふつと沸き上がる。そして、「失敗するのではないか」「負けるのではないか」の意識にさいなまれる。

 それも、義理、恩、恥という観念を強くもち合わせている選手であればあるほど、生き恥への恐怖が強く襲ってくるもの。その心中はある意味で、敗北即死、の世界よりも心の葛藤が大きいといえましょう。

 競技中にそういう心の状態に陥ったとしたら、本来のパフォーマンスを発揮できるはずもありません。

 この生き恥感は、少なからず日本人の精神構造に巣くう泣き所といえるでしょう。

 ただ武道の修行は、単にプレッシャーに打ち勝つという目的的なものだけではありません。あくまで求道心をもって高い境地を極めようとするものです。

 色々な難点をかかえつつも、それらを包含して克服しようと精進するのが武の文化といえるのかもしれません。
 同書『武道のすすめ』では、

 現象としての勝ち負けよりも、なすべきことをよりよくなすこと、そしてあとはそれに執着せず、天運に任せるという境地を求めることになる。

と述べています。
 人口に膾炙する諺ですが「人事を尽くして天命を待つ」、この心境に心の底から成り切る。これが、日本人の勝負の構え、と言えないでしょうか。

つづく
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「井蛙剣談」への思い

 「井の中の蛙大海を知らず」と自覚しつつ
「井の中は誰よりも知っている蛙」に成り代わり書き進めてまいります
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               真砂 威

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