「武の文化」について

その六十四
「武の文化」について
 前回の「なぜ、日本人選手はプレッシャーに弱いのか」で、日本人がプレッシャーに弱いという原因を突きつめれば、ルース・ベネディクト(『菊と刀』)が「恥の文化」と指摘する、「世間様の目」を基準とするがゆえ、ということに帰結するのではないかとしました。
 それゆえに、日本人の特質とされる「義理」「恩」「恥」という観念を強くもち合わせている人ほどプレッシャーに弱いとしました。
 その上で、日本人らしい精神構造をそのままにしながら、しかも、のしかかるプレッシャーに打ち勝ち、最高の技能を発揮するには、「罪の文化」でもなく「恥の文化」でもなく、わが国で伝統的に培ってきた「武の文化」にあると申し上げました。
 *日本武尊(やまとたけるのみこと)や**草薙剣(くさなぎのつるぎ)を挙げるまでもなく、わが国は武を貴ぶ国といわれ、「武の文化」は日本文化の底流をなしているとされています。
 全剣連では毎年、剣道文化講演会を開催していますが、平成23年12月には、***宮脇磊介氏による『日本のアイデンティティとは何かを考える』と題する講演が行われました。
 そこで宮脇氏は、

 日本の歴史は、神話の時代に始まります。日本の神話を初めて綴ったのは、皆様ご存じの『古事記』です。そこに、「武の文化」ともいうべき「日本文化の源流」が明瞭に示されています。日本人としての価値観も示されている。現在においても、それが連綿と受け継がれている。しかも、途切れることなく、です。「日本のアイデンティティ」が、そこに見出されるのです。

と述べています。
 また、「国際試合で金メダルを取るためには、どうしたらよいか」のくだりでは、主に柔道を対象として述べているのですが、

 世界一を目指すからには、「世界最高の技」を習得しなければなりません。日本古来の武芸各派が、長い年月をかけて、生死を賭けた勝負での「必勝」を期するために開発し、磨き上げてきた独特な技や手法がございます。近代科学では説明のつかない、無数のノウハウがそこにあります。

とした上で「平常心」であることの大切さを取り上げ、宮本武蔵の『五輪書』の、「兵法の道において、心の持ちやうは、常の心に変わることなかれ」を引用し、武蔵が言わんとするところは、

必勝は、真剣勝負で相手に負ける事のない最高の精神状態を、日常平素から持ち続けていることによって得られる

と結論づけています。つまり、平常心を保つには心の修錬が欠かせない、と。
 古来から「剣禅一如」といわれているように、武芸と座禅とを並行して修錬してきた歴史があります。
 北海道大学大学院教授、佐藤鍊太郎氏著『禅の思想と剣術』(日本武道館発行)では、

 十二世紀、鎌倉時代に政治の実権を握った武士階級は禅宗を信仰し、優れた禅僧は、生と死を一つと見なす死生一如の死生観を武士に教示しました。生にも執着せず死をも自然に帰することとして平静に受け入れる禅の死生観は、いざという時に生への執着を捨てて死を覚悟して戦うことを使命とした武士にとって、平常心を保つ上で心の救いとなる思想でした。

そして同書は、「剣禅一如」を、江戸時代初期の臨済宗の禅僧****沢庵が唱えた禅と剣術の極意は一つである思想で、この教えは柳生新陰流、小野派一刀流など、剣術の諸流派に浸透していったとしています。
 そういった「武の文化」を継承しているわが国では、今日においても一大事の局面に際しては、「平常心」「無心」「無念無想」といった心の状態におくことによって、のしかかる重圧を克服しようとしてきました。
 前回紹介した髙梨沙羅選手のインタビューで、「平常心を保っていたつもりだけど思い通りに飛べなかったのは自分のメンタルの弱さ。もっともっと強くなりたい」と応えているように、「平常心」は時代を越え、今もプレッシャー克服の要諦となっていることに変わりないようです。
 そういった意味で、あらゆるスポーツにおいて日本人選手は、それぞれの種目を武道的にとらえ、「○禅一如」の極みをめざし修錬していると考えられます。
つづく

*日本武尊(倭建命)
  古代伝説上の英雄。景行天皇の皇子で、本名は小碓命(おうすのみこと)。別名、日本童男(やまとおぐな)。天皇の命を奉じて熊襲(くまそ)を討ち、のち東国を鎮定。往途、駿河で草薙剣(くさなぎのつるぎ)によって野火の難を払い、走水(はしりみず)の海では妃弟橘媛(おとたちばなひめ)の犠牲によって海上の難を免れた。帰途、近江伊吹山の神を討とうとして病を得、伊勢の能褒野(のぼの)で没したという。(『広辞苑』より)
**草薙剣
 三種の神器の一つ。記紀で、素戔嗚尊(すさのおのみこと)が退治した八岐大蛇(やまたのおろち)の尾から出たと伝える剣。日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征の折、これで草を薙ぎ払ったところからの名とされるが、クサは臭、ナギは蛇の意で、原義は蛇の剣の意か。のち、熱田神宮に祀られたが、平氏滅亡に際し海に没したとされる。天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)。(『広辞苑』より)
***宮脇磊介
 警察官僚、後に内閣広報官を務める。国際武道大学理事、学校法人国士舘理事を歴任するほか自らも柔道、剣道、合気道などを修錬する。(昭和7年~平成26年2月)。『日本のアイデンティティとは何かを考える』(「国際化する武道」と日本文化に連綿と流れる「普遍的価値」)「第10回剣道文化講演会(平成23年12月10日(土)・ベルサール飯田橋ファースト)」抄録(『剣窓』平成24年2月号掲載)を引用。
****沢庵
 江戸初期の臨済宗の僧。諱(いみな)は宗彭(そうほう)。但馬の人。諸大名の招請を断り、大徳寺や堺の南宗寺等に歴住。紫衣事件で幕府と抗争して1629年(寛永6)出羽に配流され、32年赦されてのち帰洛。徳川家光の帰依を受けて品川に東海寺を開く。書画・俳諧・茶に通じ、その書は茶道で珍重。著「不動智神妙録」など。(1573~1645)。(『広辞苑』より)
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