浅田真央さんのこと

その六十一

浅田真央さんのこと

 前回は、「ソチ五輪 若手選手の活躍に思う」と題し、十代の選手を取り上げました。

女子フィギュアスケートの浅田真央選手のことには触れませんでしたが、まだまだ彼女も23歳です。女王の風容をたたえているとは言え、まだまだ若手であることに違いありません。

 その浅田真央選手、ソチ五輪ではショートプログラムで16位と出遅れましたが、フリーでは最高の演技で復活、今季初のトリプルアクセルも決めました。その渾身の力を振りしぼった演技、そして感極まる涙のエンディングは世界中に感動を与えました。

 4年前のバンクーバー五輪では、ショートで1本、フリーで2本のトリプルアクセルを見事に成功しましたが、後半に2つのジャンプミスがあり銀メダルに終わりました。

 バンクーバー大会の後、ソチ五輪へ向けた新たな4年間をスタートさせるにあたり、浅田はまずジャンプの修正を考えました。そこで基礎の指導に定評がある佐藤信夫コーチに師事いたします。

 そして佐藤コーチの下、滑りを基礎から見直し作り上げた演技、それをもって五輪に望む浅田選手の心境はどのようなものであったのでしょうか。

 『文藝春秋』(平成26年3月号)、「浅田真央 スケートをゼロから作り直した四年間」(野口美惠=スポーツライター)、「『集大成』として挑むソチ五輪。最後のトリプルアクセルに賭ける思いとは——」によると、

 どんなに人気があり、いかに金メダルを期待されていようとも、そんなことは関係ない。彼女には順位より大事なものがあるのだ。

 「真央の口から一度も金メダルが目標なんて聞いたことがない」

浅田を指導して四年目となるスケート界の名伯楽、佐藤コーチはそう語る。浅田は、四年前のバンクーバー五輪ではトリプルアクセルを三本成功させながら、他にミスがあり銀メダルだった。「二度目の五輪こそ金」と勝手に周囲は期待するが、二人はそれほど短絡的には考えていない。

 二十三歳へと成長した彼女が目指す本当の夢とは果たして何か、幸せを感じる瞬間とは何か——。

と記しています。

 この記事は、ソチ五輪の直前に書かれたものですが、大会を終え、いま改めて読み直すと、まさに正鵠を射た先触れと言えます。

 リンクを降りた浅田選手に、

ショートプログラムが完璧ながらフリーでつまずいて銀メダルに終わった4年前のバンクーバー五輪と、ショートプログラム16位から自己ベストのフリーで巻き返した今大会を総括して、「二つを合わせて最高の五輪だった。」

と、達成感を語らしめたのですから。

 全日本剣道連盟では、日本の伝統文化に造詣が深い著名人を招聘して、剣道文化講演会を毎年1回開催しています。
 平成24年12月1日に行われた「第11回剣道文化講演会」には、宗教学者の山折哲雄先生が登壇されました。
  ※ その三十七「たおやめぶり」(平成24年11月17日)参照のこと。

 演題は「たおやめぶり」でしたが、山折先生は講演の最後に、浅田真央さんについて、先の『文藝春秋』の野口美惠氏とは別の視座でもって熱っぽく語っておられます。

 この講演を基に作成した抄録が、全剣連『剣窓』平成25年2月号に掲載されていますので、その一部分を紹介します。

<前略> とりわけ浅田真央さんのあのフィギュアスケートの姿、実に素晴らしいものだなとずっと思い続けておりました。
なぜ浅田真央のフィギュアスケートの世界がすごいのかずっと考えておりまして、私なりのへ理屈をつけたのであります。必ずしも彼女は常に1位を保っているわけじゃありませんよね、負けるときもある。3位、4位、5位に沈む時もある。そういう場合でも彼女のスケートは世界で第1位だと、水準第1位の品位を保っていると私はずっと思い続けております。
 
その理由は、ほとんどあの世界水準のスケーターたちのフィギュアスケートの身体、舞の姿というのは、素晴らしければ素晴らしいほど、最終的に空を飛ぶ鶴、白鳥、あるいは地上を走る豹、雌鹿、動物ないしは鳥たちの身体行動に還元することができるような気がするんですね。

例えばアメリカ、イギリス、ロシアのスケーターたちの姿というのは、限りなく動物に近づいている。動物のしなやかさ、美しさ、俊敏さ。ほとんど例外ないと思うんですね。それもやはり一つの究極のスポーツを通して人間が実現した身体の美しさであろうとは思います。そういうものを生み出すための優れた技であると思います。

 浅田真央さんのあのフィギュアスケートをやっている時の姿、最初は確かに一瞬白鳥の姿になったり、豹の姿を思わせたりしておりますけれども、最後の段階に入るに従って、生き物的な世界からすっと超越して風のそよぎそのもの、川のせせらぎの音そのもの、自然の動きに限りなく溶け込んでいくような姿、こういう舞の姿を見せてくれます。

これは他の第一級の選手のどこにも見出すことができない、そういう世界ではないのかと私、最近思うようになりました。これは浅田真央という名選手の固有の性格から出ていることなのか、日本の文化の中から生み出された一つのエッセンスの姿なのか、よくわかりません。

でも、世界のどのスポーツ選手にも負けることのない、ある素晴らしい目標というか、世界を既に彼女の身体が持っている。これは我々の文化にそういうものがあるのかもしれないとも思うんですね。最近のオリンピック柔道が陥っているのは、ここのところの問題を自覚していないからではないでしょうか。動物的野生をどうしたら超えることができるのか。それは日本のフィギュアスケート界が今、浅田真央という選手を通して実現しかかっていることかもしれません。<後略>

 この山折先生の話は、ソチ五輪の1年以上も前の話です。このときすでに山折先生は、浅田選手の順位・成績ではなく演技そのものについて語っておられます。

 そしてソチ五輪での浅田選手の演技に、世界中から感激の声が寄せられました。「金メダル以上の感動」「メダルよりも大切なものを教えてもらった」「大切なものをもらった」など、と。

 成績から見れば残念な結果といえますが、この浅田選手の演技を観て、「メダル主義を超えたスポーツの華」を、多くの人が気づいたのかもしれません。

つづく
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 「井の中の蛙大海を知らず」と自覚しつつ
「井の中は誰よりも知っている蛙」に成り代わり書き進めてまいります
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               真砂 威

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