葉隠武士道

その五十八

葉隠武士道

 兎にも角にも、西欧に伍する近代国家建設をなし遂げることを最大の目標としていた明治期のわが国にとって、米欧における新渡戸『武士道』の賞賛と、言の葉「Bushido」の流伝は大いなる自信となりました。

 それは日清・日露の戦勝と相まって、和魂洋才を地で行くものとして、わが国古来のものにも目を向ける契機ともなります。

 日清戦争に勝利した明治28年(1895)に「大日本武徳会」が創設。新渡戸稲造が『武士道』を著した明治32年(1899)に「武徳殿」が竣工。日露戦争に勝利した明治38年(1905)に「武術教員養成所」(後の「武道専門学校」)が開設。そして明治44年(1911)には「中学校令施行規則」が1部改正され、「撃剣及柔術ヲ加フルコトヲ得」となり、剣道・柔道が中学校の正科教材に採り入れられることとなります。

 こうした矢継ぎ早な展開を見れば、戦意高揚と武士道そして武道がセットで仕組まれていた、ことがうかがい知れます。

 先に、フレーズ「Bushido」は、新渡戸の思わくから離れ、「武士道」という言葉だけが都合よく『葉隠』の武士道にすり替えられたと申しましたが、前掲『戦場の精神史』の「異端の書としての『葉隠』」の項で、

 『葉隠』が佐賀県外に知られるようになったのは、明治三九年(一九〇六)、篤志の小学校教員中村郁一が自費出版した抄録本が刊行されてからのことであるという(小池喜明『葉隠」-武士と「奉公」-』による)。

と述べています。

 その抄録本が出される前年(明治38年)には『武士道叢書』という書物が刊行されたが、その『武士道叢書』には武士道に関わる書物が網羅されているにもかかわらず、『葉隠』は収録されていないとのことです。

 つまり、武士道書を網羅した『武士道叢書』に『葉隠』が掲載されていないということであれば、その時点において『葉隠』は無名に近い存在であったと見てよいでしょう。

 ところが明治39年に中村郁一の抄録本が刊行されてから以降は、武士道賛美の時流に乗じて、『葉隠』が急速に日本全国に知られるようになっていったとしています。が、そこに何か、『葉隠』を取り込み前面に押し出そうとする恣意的な力が感じられます。

 そのようにして、

日本には古来一貫して「武士道」が存在したのだという、当時流行していた「武士道史観」ともいうべき歴史観により、戦国の「武士道」との相違などは無視され、『葉隠』は古来の「武士道」の精華として読まれた。さらには国粋主義・軍国主義の風潮が強まる中で、逆に『葉隠』を起点に「武士道」を考えるような風潮さえ生まれたわけである。

と、『戦場の精神史』では述べています。
 さらに同書は、「日本陸軍の中に生きる『葉隠』」の項において、『葉隠』が「武士道」を誤解させる役割を演じたことは否定できないと述べ、古川哲史著『葉隠の世界』所収のインパール作戦の事例を引用しています。

 本書、『葉隠の世界』(古川哲史著、思文閣出版)を繙いてみると、日本陸軍の無謀さの典型として悪名高いインパール作戦が、補給の失敗などにより数多くの犠牲者を生んで悲惨な失敗に終わろうとしている時に、司令官である牟田口廉也中将は司令部将校全員を集め、

「<前略> 皇軍は食う物がなくても戦いをしなければならないのだ。兵器がない、やれ弾丸がない、食物がないなどは戦いを放棄する理由にならぬ。弾丸がなくなったら銃剣があるじゃないか。銃剣がなくなれば腕で行くんじゃ。腕がなくなったら足で蹴れ。足もやられたら口で噛みついて行け。」と訓示したという(高木俊昭『抗命』文春文庫版二四四頁)。

と述べています。そして、この訓示の字句は『葉隠』の、

勇気は心さへ付くれば成る事にて候。刀を打ち折れば、手にて仕合ひ、手を切り落とさるれば、肩節にてほぐり倒し、肩切り離さるれば、口にて首の十や十五は喰い切り申すべく候

を引用し、牟田口中将の訓示は、この一文に由来していることを疑う者はあるまい、と記しています。

 さらに『戦場の精神史』では、

 合理的な思考や計画性を欠き、向こう見ずな勇気ばかりを強調した無謀な戦いが、『葉隠』の名によって、あるいは「武士道」の名によって弁護されたことは事実であろう。

と述べ、多くの人がこうした精神を日本古来の武士道であると信じた、このことが武士道への誤解を生ずる大きな原因であった、としています。

 そうした誤解から武士道は、戦後、長年にわたり受難の時代を送ることとなりますが、いまだもって日本人の心の奥底に、そのトラウマをかかえたまま現在に至っていると考えられます。

 武士道は、過去の日本人が残した大きな思想的遺産の一つであることには違いありません、が、今もって曖昧かつ混乱した使い方がされているのが現状です。
 すなわち、日本人の心の中に擁する諸刃の剣、これが武士道ではないでしょうか。

 新刊紹介、アレキサンダー・ベネット氏著『日本人の知らない武士道』に端を発し、武士道についてくどくどと綴って参りましたが、これをもって結びとさせていただきます。

 ともあれ、われわれ剣道人が現代社会において、ポジティブに武士道を体現しようとするならば、そのすべは「剣の理法の修錬」、このことに尽きる、ということは間違いなさそうです。また、それが同氏の言う「武道の実践による武士道の理解」に他ならぬと考えるものです。
つづく
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Author:新宿区剣道連盟
「井蛙剣談」への思い

 「井の中の蛙大海を知らず」と自覚しつつ
「井の中は誰よりも知っている蛙」に成り代わり書き進めてまいります
つたなき指導の一環とお受け止めいただければ幸いです
               真砂 威

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