戦国武士道

その五十六

戦国武士道

 前回は、吉田松陰を〝幕末武士道の精神的なリーダー〟ということで結論づけました。

 しかし、武士であるはずの松陰ですが、どうも武士の象徴である刀を腰にたばさみ、剣術を修業するイメージがまるで浮かんできません。

 また、山鹿素行にしても、武士の本分を〝正しい人の道を実践し、三民の平安と生命を守る存在になるべきだ〟とし、これまた武張った雰囲気からはほど遠いものがあります。

 そして山岡鉄舟にして、〝生涯一度も刀を抜かず、人を殺めることはなかった〟と語り継がれています。

 このように和気に富んだ穏健なものとして印象づけられているのが幕末武士道にほかなりません。

 では本来の、「武芸を習い、軍事にたずさわる者」(『広辞苑』より)としての武士道とはどのようなものだったのでしょうか。

 ここでは、*佐伯真一著『戦場の精神史 -武士道という幻影-』(発行所:NHKブックス)をもとに、武士道の原点をふり返ってみましょう。

 同書では、


「武士道」の語が使われはじめたのは、おおよそ戦国時代後半ないし末期ごろであり、その後も多用されたわけではなく、爆発的に流行するのは明治三〇年代以降と思われる。その意味では、「武士道」はやや歴史の浅い言葉であるともいえる。


と、先の『錯綜する「武士道」の概念』(平成25年10月23日)で引用した『武士道の逆襲』(菅野覚明著)と同様のことを述べています。そして、


 現在使われている「武士道」という言葉をあえて包括的に定義しようとすれば、「武士の精神などを述べるために適宜用いられる語。内容は、使用する者の武士観によって大きく異なる」としておくほかあるまい。


また、


日本の武士の長い歴史をたどれば、もちろんさまざまな武士がいるわけで、好みの武士像を取りあげれば、好みの「武士道」論ができあがるわけである。


と、やや荒っぽい言葉づかいで表現し、時代時代、人人によって百人百様、融通無碍の武士道論が展開されてきたと述べています。

 では、戦う武士として本領を発揮した時代はどうだったのでしょう。

 同書では、合戦に倫理は存在したのかを問うなかで、


 鎌倉時代の『平家物語』や、南北朝時代の『太平記』などの軍記物語では、だまし討ちは概ね論評抜きに記されるが、戦国時代から江戸初期ごろには、正面から堂々とだまし討ちや謀略を肯定する文献が多く出現し、だまし討ち肯定論は内容的にも発達をとげる


と述べています。

 「だまし討ち」は、およそわれわれの思いの中にある武士道とは、全くかけ離れた不埒な仕業なのですが…

 しかし、この、だまし討ちを肯定する理論の根拠とは次のようなものです。同書では、合戦の原像として『常陸国風土記』をもとに、大和朝廷側が先住民を征服するのに用いた策略を次のように述べています。


 人が来れば住居の穴ぐらに隠れ、人が去れば山野を自由に駆け回り、朝廷のいうことを聞かない、狼や梟のような人間——そんな野獣そのもののような存在を討つには、野獣をワナにかけるような策が用いられている。知恵ある人間の策の前に、野獣たちはついに退治される。そこには、人間と人間の対等な戦いという観念はなく、文化・文明の側にある人間が、自然・野蛮の側に属する獣を狩る、狩猟のような感覚が支配しているだろう。


このように、合戦について原初の意識は、野獣を狩る感覚に近いものであったのではないかとしています。

 野獣との戦い、即ち狩猟においては「だまし討ち」という観念自体が起こりうべくもなく、野獣を捕獲するワナや仕掛けの技術に長けるのは、肯定されてしかるべきものであります。

 このように原初の合戦が、野獣を狩るように意識されていたのが、しだいに、対等な武人同士の戦い、という心情が芽ばえて参ります。

 そうして、武士の間に争いごとが生じた時、手段を選ばず、だまし討ちや暗殺などによって敵を滅ぼす行為について、


正常な社会生活の枠を逸脱し、社会的非難を受けるようなことをすれば、長期的に見て結局は自己の利益に反する結果となる可能性が強い。報復合戦の連鎖を避け、いずれは平和を回復せねばならないとの前提に立つならば、相手との関係を決定的に破壊しないように、戦いは一定のルールの枠内でなされなければならない。そのように、ルールを守った正々堂々とした戦いにより、武士としての名誉を守る家という名声を確立することは、子孫にとってもプラスに働く。


と述べているように、自然発生的に合戦における一定のルールが形成されていったようです。

 しかしそれは、極めて脆弱なルールであり、現場で戦う兵士の心を常に支配するまでには至らず、


正々堂々と戦うのは正しい戦いだが、それでは勝てないから、偽りを用いて勝つのだ


というのが、忌憚ない兵士の心情であり、またこれがこの時代のならわし、いわゆる「戦国武士道」であったようです。

 それよりも戦国の武士たちが行動原理としていたのは、


敵に侮られない、味方を裏切らないという素朴な名誉と紐帯の感情に発する、戦場独特の倫理感覚であった


としています。

 戦乱うずまく下剋上の世においては、当然、勝ちを取ることが最優先であるわけですが、この「敵に侮られない、味方を裏切らない」という美俗が連綿と受け継がれるうち、平和期の到来と相まって、しだいに倫理規範としての「武士道」が形成されていったようです。

つづく



*佐伯真一

1953年生まれ。同志社大学文学部卒業。東京大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。現在、青山学院大学文学部教授。博士(文学)。専門は中世文学。


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               真砂 威

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