和気あいあいの武者修行

その五十三

和気あいあいの武者修行



 ご紹介するのがちょっと遅れましたが、『剣窓』11月号に掲載された「新刊紹介」の記事を転載いたします。
和気あいあい



『剣術修行の旅日記 佐賀藩・葉隠武士の「諸国廻歴目録」を読む』

               (朝日選書)

                永井義男著

 江戸末期の日本人は何を欲していたのか。あの戦前と戦後という時代区分、そして江戸から明治への動乱変遷という歴史劇は、いつも極端な前後の対比としてとらえられるが、本書はそういう歴史観ではなく、すでに人々は次の時代に備えて意識変化を先行させており、その空気の交流は脈々と広がっているものだ、ということを、江戸末期嘉永6年(1853年)に全国へ剣術武者修行の旅をした佐賀藩士牟田文之助の詳細な日記『諸国廻歴目録』を手掛かりとし、実に具体的に解明しようとしている。

 まず23歳にして鉄人流という二刀流(ママ)の免許皆伝を授けられた文之助は、24歳から佐賀藩の許可を得て2年間の修行の実態を書き残したのだが、この時代の道場破りとは、命がけの勝負というより、心からの歓迎接待を受け、酒食と世情話の連続であったという意外性である。剣術はまだ武士には必須のものではあったが、かくも長き戦なき鎖国時代に、剣はほぼその原初的機能の存在理由を失っている。ペリーの黒船はもう来ていて、「時代は変わる」という予感を確かめ合う人々が文之助を取り巻き集まる。剣より話なのだ。藩の垣根というものもなくなり、背伸びしてアメリカや欧州を見ようとする外向き人間も増えている。

 そのころの剣術の旅とは、まさに現在の剣道愛好家、大学剣道部の遠地合宿、スポーツサークルの遠征そのものを彷彿とさせるもので、本書は江戸時代の日本人は、いまの日本人のやっている様々なことをすでに欲していたのか、と合点させられる。好奇心というか、野次馬心旺盛な祖先たちだったようである。(鴨)

 ○四六変版・並製・360頁

 ○1600円+税

 ○発行所=朝日新聞出版





 本書は、現代剣道に励むわれわれにとってもいろいろ示唆に富む内容であり、また「剣道とは、なんぞや」ということをユーモラスに問いかけるものです。

 できるだけ多くの皆さんに読んでいただきたく本書をお薦めいたします。



 文末に、「(鴨)」と記されていますが、この銘は小欄で以前紹介した『残酷平和論』の著者で、『剣窓』編集委員でもある鴨志田恵一氏です。

 このたび紙面の都合もあり半頁での扱いとなってしまいました。鴨志田氏も言い足りなかったこともあろうと推し量りつつ、井蛙の目から感想を書き記してみます。



 この当時の剣術修行は、すでに今の剣道と同じ、〝竹刀防具打込稽古〟が行われていました。

 竹刀と防具(剣道具)が出現したことにより他流試合が可能となり、江戸時代末期には盛んに武者修行の往来があったようです。また幕末期には竹刀も防具も現代とほぼ同じ様式のものが用いられていました。



 僭越ながら、この修行日記を読んでまず小生が感じたことは、この修行者、牟田文之助には敵わないまでも、文之助が巡った諸道場であれば、わが細腕をもってしても、なんとか渡り歩けるのではないか、でした。



 と言いますのは、その「他流試合」の実態ですが、実は、審判を立てて行う「試合」ではなく、われわれが普段おこなっている地稽古と同じようなものと考えてください。



 他流試合といえば、道場の玄関先にて大音声で「たのもぅ!」と発する勇ましい姿をイメージしがちですが、実際のところは「他流の者ですが、いっしょに稽古をさせてください」という感じだったようです。言うならば他流を交えた合同稽古であったといってよいでしょう。



 したがって勝敗があからさまになることがないので遺恨も生じることがない。むしろ、終了後にはともに汗を流した爽快感と、相手に対する親愛感を培うものであったようです。



 本書『剣術修行の旅日記』では、

 衆人環視のなかで勝敗があきらかになるような他流試合をおこなわないのは、一種の知恵でもあったろう。



と述べていますが、それは剣術がもつ安全に立ち合う競技システムが〝勝敗を明らかにしない試合〟を可能にしたと言えます。

 刀剣になぞらえた竹刀と甲冑に見立てた防具の発明により、相互に危害を与えることなく思う存分に腕比べできる、このシステムこそ現代の剣道へとつながる一大イノベーションであったと思うものです。

 いくら激しく打ち合っても大きなケガを負うことがないゆえに、後々に遺恨を残すこともない。



 本書では、

「貴殿、なかなかやるな」「いや、貴殿こそ、やるではないか、拙者もたじたじだったぞ」などとお互いを讃え合うものであった。



と述べていますが、これと同じような会話は、われわれ日々の稽古場面においても交わされているものです。ぐっと、あの時代がわが身に近づいてきた感じがいたします。



 これが他の武道ならば、そうはいきません。例えば柔道なら、いくら畳の上とはいえ、相手からペシャッと投げつけられたら、「拙者もたじたじだったぞ」などと余裕ある言葉など口を衝いて出るはずもありません。また、どうしても身体の苦痛が伴うことになるので、少なからず遺恨を残すことにもなりましょう。



 こうして剣術は、藩を越えた修行人の自由で闊達な交流をはぐくむこととなります。

 やがてその輪の広がりが意図せぬ大きな力となって、すぐ後にくる変革期に発揮されるのです。

つづく


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「井蛙剣談」への思い

 「井の中の蛙大海を知らず」と自覚しつつ
「井の中は誰よりも知っている蛙」に成り代わり書き進めてまいります
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               真砂 威

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