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「京都大会」について

井蛙剣談 その五


<歴史に足を踏み入れる>

 全日本剣道演武大会(通称「京都大会」)が行われるゴールデンウイークの京都「武徳殿」界隈は毎年この時期、剣道一色に塗りつぶされます。武徳殿に隣接する「武道センター」は終日竹刀の音が鳴り響き、周辺の武道具店・喫茶店・食堂等は剣道関係者で賑わいます。

 この京都大会は、明治28年以来「武徳祭大演武大会」として行われてきたもので、戦中・戦後、一時期中断した後、これを全剣連が継承し執り行ってきました。今年で第107回目を迎えます。

 歴史をふり返ってみますと、「武徳殿」は、平安神宮の境内にある旧大日本武徳会(明治28年創立)の演武場です。武徳殿をこの地に設けた由来は古く、桓武天皇による平安遷都に遡ります。その時代に興った尚武の気風のもと、『日本紀略』に記された「延暦十五年三月庚戌、令諸國擧武藝秀衆者」によるものです。当時、平安京大内裏の大極殿の北西に演武場が造営され、武芸が叡覧されたという故事にならい、新しく明治32年に、平安神宮の境内に造営されたのが、この「武徳殿」です。

 そして京都大会の日程も、『日本紀略』に掲げる「三月庚戌」を太陽暦に換算した5月4日に武徳祭、5日から大演武会を催こととしました。なんと、この故事をもってすれば「京都大会」は、千二百年になんなんとする来歴をもつことになります。武徳殿は現在、京都市の有形文化財に指定され保存がはかられています。

 京都大会の演武は、剣道・居合道・杖道のほか薙刀(なぎなた)が加わって行われ、例年三千名を越える出場者が全国から集まります。近ごろは外国からの参加者も増えつつあり、国際色が豊かな大会となって参りました。

 今年は東日本大震災の影響が心配されましたが、外国からは、ほぼ例年並みの剣士が京都を訪れました。多くの外国人が国外待避に振れる中、真の剣道人たらしめる外国剣士の存在に、ありがたい思いひとしおです。

 この大会は高段者にとって1年間積んだ修業の総決算というべき晴れの舞台であり、また全国各地から集まった剣友諸氏にとって、年1回の交歓あるいは同窓会の場ともなります。武徳殿周辺は、柳生の会(全剣連主催の過去における「中堅剣士講習」参加者の集い)はじめ学生剣道連盟OB会、道場連盟や○○大学同窓会等の稽古会・懇親会に明け暮れます。



<剣の真髄を求めて>

 京都大会の出場資格は、称号(錬士・教士・範士)の受有者に限ります。剣道の立合は、武徳殿を東西二会場に分けて行われ、「範士」の立合は拝見試合とされ、勝敗の判定はされませんが、「錬士」「教士」の立合は3人の審判員によって有効打突の判定がなされます。

 立合は、一応試合方式をとりますが、単なる優勝試合とは一線を画します。まず、勝敗の行方に一喜一憂する一般の大会と違い、立合前後の礼儀作法を含む全ての所作に審美の目が注がれます。

 この京都大会に限っては、まず試合・審判の「規則」ありきではなく、剣道の「理念」体現を目指しての立合となります。ですから巷の試合で問題となっている鍔競り合いの膠着や、また〝三処避け〟などといわれる防御一辺倒の体勢は目にすることはありませんし、反則も不慮の竹刀落とし以外は皆無であります。そのほか審判員の服装も特段の規定はなく、審判員は紅白の旗を持たず、また試合場には開始線や境界線も設けられていません。

 立合においては双方が「合気」を旨として剣を交え、しかも有効打突の取得という結果を最優先させるのではなく、有効打突を生み出すまでの「間合」「気勢」「攻め」といった手順が重要視されます。また、技を打ち出す「機会」から「打突姿勢」「決め」そして「残心」という技の完結に至るまでの一連のプロセスが尊ばれます。

 それはまさしく古人が、武術という争い事の域を越えて、剣に道を求めた武士文化の精華であると言えましょう。このような立合の積み重ねが、いつしか「交剣知愛」の教義を生む土壌を育んだと考えるものです。

 しかし実際、いざ立合ってみると、なかなか手際よくいきません。どうしても、「理に適った立合をしたい」という願望と「打ちたい、勝ちたい」欲求が心中を錯綜してしまうのです。

 たとえ八段といえども、なかなかその心の絡まりを克服することができないのが現実であります。まして若手剣士にとっては、今までやってきた競技主体のスタイルから脱皮するのは至難の業となります。全日本クラスの名選手でさえ〝剣の真髄〟が求められるこの場では、なかなか思うような技を出すことができません。この「高度な理」に則ることと「本能的反射」の葛藤が織りなす、さまざまな人間模様をみて取ることができるのも京都大会観戦の魅力の一つであります。

 ─ 剣道のメッカ京都「武徳殿」、それぞれ「審査」「立合」そして「稽古」と幾重もの洗礼を受けつつ、旧来の剣友と誼を交わし、京料理に舌鼓を打ち、古都を散策する ─

 この京都大会には、本剣連からも高段の先生方が多数参加されています。出場資格は、六段錬士以上を取得する必要がありますが、まだ達していない人は見学だけでも結構です。皆さん、来年はぜひ、玉座を設けた歴史の殿堂「武徳殿」に足を踏み入れ、真髄を求めた剣士たちの息づかいに浴してみませんか。つづく 

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感想

いつも楽しみに拝見しております。
私は、京都に棲んでいたことがあり、武徳殿にて三段を頂戴したこと、200円払っ
て一般稽古をつけていただいたことを懐かしく思い出しました。
大会が開催されていることはもちろん知っておりましたが、先生の解説で、京都大会
の独特で他にない素敵な世界を覗き見させていただいた感じが致します。
剣道のメッカに身をおきながら、こうした世界が展開されていたことを知らなかった
ことは、恥じ入るばかりです。
今、剣道を継続しているからこそ、こうした世界がまぶしく見えるのかもしれませ
ん。
私はまだ五段ですのでその資格もないですが、昇段とあわせ目標としたいものです。
ありがとうございました。

貴重な体験です

松田さん
武徳殿で三段合格!
すごい経験です。
いまは五段ですから、きっちりと修業されてきたわけですね。
あと一段、どうか六段を取得され(1年後「錬士」の受領が必要)、ぜひ武徳殿での演武大会に出場してください。
次回は、「審査について」記します。

京都大会の魅力

京都大会には、昨年一回休みましたが、今年4回目参加させて頂きました。
107回ということで伝統のある大会だとは感じておりましたが、こんな
故事来歴があったとは知らず、また改めて剣道の奥深さを思い知り、単なる
勝負・争いにはない理合に適った打突を目指す高度な剣道の精神性を感じざる
を得ません。

特に5日の八段の先生方の立会は、ある種美しいドラマを見ている様です。
9時から4時まで、その間、ほんの数分のトイレ休憩を挟むのが勿体ない位に
引き込まれてしまいます。剣道は本当に美しいものだと思い知らされる大会だ
と思います。

また朝稽古では、通常なら稽古できない著名な先生と稽古でき、率直な
感想を頂く機会にも恵まれ、自分にとりましても大変刺激のあるものと
なっております。今年は2日目の朝稽古で、略1時間待って作道範士に
稽古を頂きました。自分なりにできるだけ我慢して技を出さずに、溜めて
1本にかける稽古をしたつもりです。・・・・・・・

新宿区剣道連盟から、今年は、加藤さん、飯島さん、松本安秀さんが初参加
され、今後も当連盟からも京都大会に魅了される面々も増えていくことで
しょう。

私の大学の同輩で約20年ぶりに剣道を再開し、今では週5回程も剣道に
燃える者がおりまして、錬士ではないのですが、この京都大会を見学にくる
熱心な者がおり、彼もまた京都大会の虜になった様です。

京都大会の良さはなかなか言い尽くせないのですが、この伝統はこれからも
継承されてもらいたいと思う次第です。

                           新宿区剣道連盟
                           古賀東一郎

No title

古賀東一郎様

 早速お読みいただき有り難うございます。古賀さんの熱心な観戦態度、恐れ入ります。

何を採り上げようか、試行錯誤しながら進めている拙談ですが、まず、自分の若い頃を思い出しながら、「剣道って何だのだろう」という素朴な問いかけのもとに書き
綴ってまいりたいと思います。

今後ともよろしくお願いします。

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プロフィール

新宿区剣道連盟

Author:新宿区剣道連盟
「井蛙剣談」への思い

 「井の中の蛙大海を知らず」と自覚しつつ
「井の中は誰よりも知っている蛙」に成り代わり書き進めてまいります
つたなき指導の一環とお受け止めいただければ幸いです
               真砂 威

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