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師走を迎え

師走を迎え

 愛知・東京と一連の段位審査を終え、いよいよ師走に入りました。このたび受審された方々の審査結果については、まだ把握しておりませんが、悲喜こもごも、それぞれが胸中におさめ、今年一年の締めくくりとし、新たな一歩をふみ出してください。


 前回ご紹介した、全剣連主催「第11回剣道文化講演会」ですが、山折哲雄先生の演題『たおやめぶり』について、私なりにご講演いただく内容の推察を試みました。

 ところが小生の思わくとはまったくかけ離れた講演内容でありました。

 まず、「たおやめぶり」の対極にある「ますらおぶり」を表す武士道、そしてその最たる*『葉隠』から話が進められます。


 硬骨『葉隠』の中に伏せられた〝たおやめぶり〟を表す山本常朝の書跡の紹介からはじまり、武士の身分を捨て歌僧となった西行を批判する一方で、その俗でもない聖でもない西行の生きぶりに心根をかよわす山本常朝、など。

 話は、天岩戸神話から『平家物語』ひいては『風姿花伝』に及びます。そしてわが国は、「隠す(隠れる)」ということと、「花」という目に見えない軸に支えられている、という内容であったと記憶します。


 山折先生は、講演の中で「たおやめぶり」そのものについて直言されませんでしたが、最後にフィギアスケートの浅田真央選手をとりあげ、彼女の演技にそのエッセンスが秘められていると締めくくられました。


 お話そのものは私の意表を突くものでしたが、山折先生の口吻を思い起こすと、前「その三十七」でご紹介した内容につながるものと受けとめるものです。


 詳しくは、全剣連の『剣窓』来年2月号で詳録が掲載されますので、ぜひご覧ください。


* 武士道を論じた書。元佐賀藩士山本常朝口述、田代又左衛門陣基(つらもと)筆録。11巻。1716年(享保1)頃成る。藩内外の武士の言行の批評を通じて武士の道徳を説く。葉隠聞書。葉隠集。葉隠論語。鍋島論語。(『広辞苑』より)


 さて、地球が狭くなった、と言われて久しいですが、日本国内においても、東海道五十三次といわれ、何日も宿をついで旅した時代から、100年あまりのうちに、東京-大阪を2時間半で結ぶ時代へと様変わりしました。

 また、「旅は道連れ、世は情け」と言われた時代から、本を読むうち、ひと眠りしているうちに遙か遠くの目的地に着いてしまう時世に移り変わりました。


 私が子どものころ(昭和2~30年代ですが)電車やバスに乗ったならば、窓に額をくっつけるように、まんじりともせず流れる車窓の景色に見入っていたことを思い出します。

 今は、近郊の電車の中でも膝立ちで窓によりかかって景色に食い入っている子どもの姿を見かけなくなりました。常日ごろからテレビやパソコンなど、さまざまな情報やスペクタクル映像に浸る生活を送る子どもたちにとって、もはや車窓の景色には興味を呼び起こす刺激性はなくなったのでしょう。


 修学旅行でも私たちは観光バスに乗ったなら、窓際の席を奪い合いしたものですが、最近では、生徒たちはバスに乗ったとたん、みな一斉にカーテンを閉め、ゲームにうち興じているとのこと。

 いまや観光バスは、観光のため乗るものではなく、ひたすら人を目的地に運ぶものとなってしまったようです。


 で、井蛙の剣士が申し上げたいことは〝近ごろの若者は情緒がなくなった〟という話ではありません。


 冒頭の昇段審査の話にもどります。

 〝悲喜こもごも〟と申しましたが、合格の率から申しますと、不合格の方がだんぜん多いわけです。残念な結果に終わった方は、現段位での足ぶみを余儀なくされるわけですが、それはそれで一つの味わいとしてとらえていただきたいのです。


 先に申しましたように現在は、できるだけ速く目的地に到着することが至高とされる超スピード時代を生きていますが、われわれ剣の道においては、上達を目的としながらも、上達に至るまでのプロセスを日々大切にしましょう、ということです。


 江戸時代に著された『東海道中膝栗毛』は弥次さん喜多さんの旅行記ですが、あの珍道中、いったいどこに向かっていたのか思い出せません。

 また時代は下って、明治期の『鉄道唱歌』は、「汽笛一声新橋を、はや我汽車は離れたり…」で出発します。沿線の地理や歴史、民話や伝説などが数多く盛り込まれておりますが、いったいどこ行きの列車であったのか?

 これらは、到達すべき目的よりも、行き着くまでの道のりにおいて、その場その時のおもむきを物語り彩るものです。


 また、皆さんは『村の船頭さん』という童謡をご存じでしょうか。

 〽 村の渡しの船頭さんは、ことし六十のおじいさん、年はとってもお船をこぐ時は、元気一ぱい艪(ろ)がしなる、ソレ、ギッチラ、ギッチラ、ギッチラコ 〽


 昭和16年につくられた歌で、牧歌的でほほえましい渡し船の光景を歌っています。これは〝人生50年〟といわれた時代の歌で、歌詞の内容からいって、当時の60歳は長命と考えられます。


 〝寿命は、短い。距離は、間遠い〟あの時代にして、ゆったりと今この時を味わいつくし生きている。

 今や、あの頃より平均寿命が30年も伸びています。

 30年もですぞ!

 先へ先へと急がずに、ゆったりと構えて、今、いまの景色を楽しんで過ごしませんか。つづく
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プロフィール

新宿区剣道連盟

Author:新宿区剣道連盟
「井蛙剣談」への思い

 「井の中の蛙大海を知らず」と自覚しつつ
「井の中は誰よりも知っている蛙」に成り代わり書き進めてまいります
つたなき指導の一環とお受け止めいただければ幸いです
               真砂 威

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