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選抜八段大会を観戦して

その二十七
選抜八段大会を観戦して
 
4月15日(日)、名古屋市中村スポーツセンターで第10回全日本選抜剣道八段優勝大会が開催されました。

 本大会は、心技ともに円熟した剣道八段剣士32名を全国より厳選して行われるもので、剣道の真価を世に問おうとするものです。

 本大会は「明治村剣道大会」として、昭和52年(1977年)から平成14年(2002年)までの26年の長きにわたり、博物館明治村内の「無聲堂」で行われていた剣道八段戦を、平成15年から全剣連が継承して開催しています。

 剣道家の憧れの舞台として、なだたる名勝負を生んだ明治村剣道大会、その歴史を受けつぎ本大会も第10回を数え、歴戦の強者(つわもの)が真の強みある剣の極致による立合を披露します。

 本年は、谷勝彦教士(群馬)と東一良教士(愛知)が決勝を戦い、延長の末、谷教士が見事面を取得し、初優勝に輝きました。試合結果は下項参照のこと。

http://kendo-champ.jugem.jp/?eid=1044
 試合結果はご覧のとおりですが、この表には顕れない名試合が随所で展開され、ひとときも目が離せぬ内容でした。

 高段者の試合の見どころは、やはり理の攻防にあるわけですが、今回の大会で感じたことの一つ、「間合」について少しく述べさせていただきます。

剣道では「間合」が非常に重要な要素であることは言うまでもありません。

 「間合」を『広辞苑』で引きますと、「①何かをするのに適当な距離や時機。あいだ。ころあい。…②舞踊・音楽で、調子や拍子が変るときのわずかな休止の時間。」とあり、次に「③剣道などで、相手との距離。」と記されています。辞書の項目に「剣道などで」と特記されているのは、世間一般でも「剣道」と「間合」の関連について重要性の認識が持たれているからでしょう。

 また、「一足一刀の間合」、「遠い間合」(遠間)、「近い間合」(近間)とか「触刃の間」、「交刃の間」というふうに、剣道用語でも相手との距離を表す言葉として広く使われています。

 たしかに、竹刀を交えた相手との隔たり、という意味合いは大きく、普段の稽古においても間合が「近い」、「遠い」といった表現がなされています。

 それはそうとして、この八段戦を観させていただいた限りにおいては、「間合」を単に「距離」の観念だけでとらえることはできないと思ったしだいです。

 八段同士の戦いにおいては、ふつう言われる一足一刀の間合で技が発せられて、有効打突となることはまずありません。この間合では打つ機会を見出すことが難しいからです。

 かりに機会と見て技を発したとしても、「そら来た」とばかり応じられてしまうこと必至です。また、ここぞと打ち出そうものなら、「まだ早い」とばかり剣先を喉元につけられるか、簡単に捌(さば)かれてしまいます。

 八段戦の打ち間はもっと緊迫度が高く、いわゆる「鎬を削る」攻防が展開されます。

 日本剣道形でいう「間合に接したとき、機を見て」というべき接点において、技を発しようとするが相手方が全く動じない。また打ちにかかっても、距離は近いが一歩踏み出そうとしても捗(はか)が行かず、相手がはるか遠くに感じるわけです。

 この、打ち間での膠着というべき状態をいかに打開するか、これがまさに剣の要諦ではないかと思うものです。

 ここで間合について少し考えてみましょう。普段の稽古で、そこまで入ったら、たちまち指導者から「間合が近い」と注意を受けてしまいます。ではなぜ、この近い間合が八段戦では近く映らないのでしょう。

 実は、そこの違いに気づき工夫されることが上達の秘訣なのです。八段合格の近道といいえるかもしれません。

 井蛙の見で申しますと、間合に接してから事を起こそうとするから近間となる。一番悪いのが、打ち間に入ってから掛け声をかけたり呼吸を顕わにすることです。これをもって即、近間と断じられます。

 八段同士の攻防となると、間合に接してから事を起こそうとするのではなく、打ち間に入るのに一仕事あって、間合に接した後には息遣いが見えることはありません。そしてこの抜き差しならぬ状況にありながら、外の動きは微動だにせず、気は滞りなく相手に注がれる。

 そして満を持して、気当たりをかけ、竹刀を干渉する、時に無拍子に放った突きが功を奏することもあります。ともかく、突破口を見出そうとする双方の渡り合いは見応えがあるものです。

 結局、最後は過剰反応した方が墓穴を掘り、固まった方、息の上がった方が相手の有効打突を許すといった展開で勝負がつきます。

 こういった攻防は、全日本選手権大会でも見ることはできないでしょう。ぜひ来年は名古屋市まで足を運んで、選抜八段大会を深く観戦していただきたいものです。

 最後に『広辞苑』に戻りますが、「間合」の項目の始めに「何かをするのに適当な距離や時機」とありました。この「時機」とはまさに剣道でいう「打つべき機会」であります。一見、無味乾燥に思われる辞書の中にも、文化としての深い味わいを見て取ることができるものです。

 「間合」を単に距離的なものとせず、時間的切迫性と機会とともに考えて精進することで、一つ上達の道筋が見えてくるようです。

つづく

「井蛙剣談」への思い

 この綴りを「井蛙剣談」と名付けたのは、古く頓阿が著した「井蛙抄」をもじってのことです。

 「井の中の蛙大海を知らず」という自嘲を込めつつも、「井の中は誰より知っている蛙」になりすまして書き進めたいと思います。頓真



「井蛙抄(せいあしょう)」

歌学書。頓阿(とんあ)著。6巻。1360~64年(延文5~貞治3)頃成る。古代・中世の歌論書の所説を集成し、さらに師二条為世からの聞書や当時の歌壇の逸話を集めたもの。(『広辞苑』より)

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新宿区剣道連盟

Author:新宿区剣道連盟
「井蛙剣談」への思い

 「井の中の蛙大海を知らず」と自覚しつつ
「井の中は誰よりも知っている蛙」に成り代わり書き進めてまいります
つたなき指導の一環とお受け止めいただければ幸いです
               真砂 威

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