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危機意識について

その二十一

このところ警察や刑務所などで、事なかれ主義というか、危機意識の欠如した事案が続いています。いちいち挙げることはしませんが、治安の維持を任とすべき官署の人たちがこのような能天気なありさまでは、一般市民は枕を高くして眠ることができません。

 ご存じのとおり警察では、柔道・剣道が必須科目であり、全警察官に訓練が義務づけられています。また刑務所、拘置所においても刑務官の柔剣道有段者を選考採用するなど、柔道・剣道が盛んに行われています。

 といっても実際は、業務量の増大と複雑困難化などがネックとなり、十分な訓練時間を確保するのが難しいというのが現実です。訓練が十分に行き届いていれば、このような事案は発生しなかったのではないかと思う次第です。

 警察において剣道が採り入れられた歴史は古く、明治期の近代警察が発足した当初からといってよいでしょう。サムライの時代から脱し、近代化に向けひた走るわが国の情勢下において、剣道は無用の長物とされ、衰退の極みにありました。

 そんなご時世において警視庁の初代警視総監、川路利良大警視は、剣道の有用性を見い出し警察に採り入れました。今あらためて川路大警視の慧眼に敬意を表するものです。

 剣道の稽古は、常に危機的状況を道場の中で再現し、対する相手と攻防戦を展開するものです。手にする竹刀は、サムライが腰にたばさむ刀の観念で構え、また、身体を護る防具(剣道具)は、甲冑になぞらえて装束を整える。この、戦(いくさ)の覚悟をもって双方が剣を交え、対峙するというのが剣道の原点です。

 それは現在においても寸分変わるものではありません。竹刀の使用と防具の着用により、安全に攻防が展開されるとはいえ、相(あい)対しての千変万化の遣(や)り取りは、すべて危機下での対応にほかなりません。

 面をかぶっているとしても、頭上へ打ち下ろされる竹刀に、寸前まで相手をカッと見据えて、それを躱(かわ)し、捌(さば)き、応じ返すなどして熟(こな)す。また、機に乗じて先手にとって打って出る。こういった攻防を日々くり返し実践し、切磋琢磨するのが剣道修業の本領であります。

 今日のような平和な時代においては、諺(ことわざ)「治に居て乱を忘れず」のごとく、いつでも万一の時の用意を怠らぬ精神を培うこと、も、重要な剣道稽古の意義と考えられます。

 〝平和ボケ〟にならないため、常の稽古を戦場再現の場と考え、危機管理に努めてほしいものです。

 筆者は長年警察で剣道を専らに勤め上げて参りました関係上、ご参考まで警察に柔道・剣道を採り入れ、その振興が図られた経緯の一端を述べてみたいと思います。

 明治10年(1877)、西南の役において警視庁抜刀隊の存在が、警察に剣道が採用される発端となったことは有名です。初代警視総監、川路利良大警視の「撃剣興国論」では、「西南の役において鉄砲の世となりしにもかかわらず、抜刀隊が非常に功を奏したるを見れば、剣道の有利なること論より証拠である。その上、人格を陶冶し、勤労の訓練をすることにおいても、剣道は最も有益なものである。」と述べています。

 その後、明治12年(-79)、警視庁に武術世話係が置かれ、新設された巡査教習所には武道場が設置されました。柔道は剣道に遅れること4年、明治16年(-83)に採用されますが、両者の採用は、古今わが国の武道の中で得物武道の代表格が剣道で、素手武道の代表格が柔道として、二大武道と言われているということからも容易にうなずけます。

 明治半ば期、警視総監で後に武徳会会長を務めた大浦兼武は、「警察官は武士であり武士道が警察官の精神を支配すべきだ」と主張し、武道の奨励を説きました。

 さらに大正時代はじめ、警視総監であった西久保弘道(後の武徳会副会長兼武道専門学校校長)は、警察官が武道の訓練をする目的は「体力を鍛え胆力を練ることである」と力説し、武道の振興が図られました。

 以上です。往時の「初心忘るべからず」を、切に願うものです。
 ちなみに筆者の警察在勤中の略歴は、昭和45年(1970)兵庫県警察奉職/機動隊員/県警剣道教師/同師範/平成 5年(-93)警察庁出向、警察大学校教授/主任教授/術科教養部長/平成19年(2007)退職、現在は、警察大学校剣道名誉師範の称号をいただいております。

 いよいよ本年は新宿剣連創立60周年の年であります。
 しかし、会員の皆様の中には上記の内容からして、長い剣道の歴史の中で、「60年」とは意外と短い、と感じられた方もおられると思います。そんな方のために少し理由を説明いたします。

 昭和20年(1945)、太平洋戦争における日本の敗戦は、日本古来の武道に壊滅的な打撃を与えました。特に剣道はGHQ(総司令部)から、国家主義、軍国主義に加担していたという理由で手酷い弾圧を受け、指導的立場にあった人たちは公職追放という憂き目に遭いました。
 また戦後の日本は、占領軍の指導のもと、戦前を完全に否定した教育改革が行われました。民主主義が強調され、他のスポーツはますます盛んになった一方で、武道は全く反対の道を辿らざるを得ませんでした。

 そのような状況下、数年の空白期を置きます。剣道が正式に復活するのは、日本が独立を回復した昭和27年(1952)、講和条約が発効した年に全日本剣道連盟が発足いたします。

 それから60年の星霜を経て今年を迎えました。ご理解いただけたでしょうか。新宿剣連は、剣道復活とともに設立を果たしたのであります。

 来たる2月5日(日)は、新宿剣連創立60周年の「記念の集い」が開催されます。できるだけ多くの方々に参加いただき、皆さんと盛大にお祝いをしたいと思います。

つづく

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新宿区剣道連盟

Author:新宿区剣道連盟
「井蛙剣談」への思い

 「井の中の蛙大海を知らず」と自覚しつつ
「井の中は誰よりも知っている蛙」に成り代わり書き進めてまいります
つたなき指導の一環とお受け止めいただければ幸いです
               真砂 威

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