FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

万理一空 -上-

井蛙剣談 その十四

このたび琴奨菊が大関に昇進しました。日本人の大関誕生は、平成19年名古屋場所後に昇進した琴光喜以来、4年ぶりとのことです。
 八百長問題など一連の不祥事発覚で、その存続すら危ぶまれていた大相撲でしたが、この琴奨菊の大関昇進は、相撲界や多くの相撲ファンに朗報をもたらしただけでなく、われわれ日本国民にとっても嬉しい知らせでありました。
 その大関昇進を伝える伝達式で琴奨菊は、「謹んでお受けいたします。大関の地位を汚さぬよう、万理一空(ばんりいっくう)の境地を求めて日々努力、精進いたします」と口上を述べました。
 「万理一空」とは剣豪、宮本武蔵の言葉です。琴奨菊は「どんな努力も目指す先は一つ、目標を見失わずに努力を続けるという意味で使わせていただきました」と話しました。
 琴奨菊は、この言葉を後援者に教えてもらったとのことです。が、お相撲さんに宮本武蔵の言葉を引用されて、いちおうの剣談筆者としては、ただ手をこまねいているわけにはいきません。立場上ひと言述べさせていただきます。

 「万理一空」という言葉は、宮本武蔵の著した極意書『兵法三十五箇条』の最末段に掲げる項目であります。そこには次のように記されています。

万理一空の事

万理一空の所、書あらはしがたく候へば、自身御工夫なさるべきものなり


 ぅん?…。琴奨菊が口上で「万理一空の境地を求めて…」と、たやすく述べたことを、なぜか武蔵は「書き表し難く、自らが工夫すべきもの」としています。
 筆舌に尽くし難い境地であることはよくわかりますが、言葉丁寧であるだけに、どこか静かに突き放し〝皆さん方にはお分かりにはならんだろうが、うっふっふっ〟と、武蔵の薄ら笑う声が聞こえてきそうです。
 しかし、武蔵の言っていることは仏典のごとくで、その人の段階においてそれぞれの受け取りかたがあって、繰り返して読むほどに発見があるのでしょう。
 そうであるならば一つ、井蛙の身を省みず、有り体の剣域なりに万理一空の境地を探ってみようと考え、『兵法三十五箇条』が付載されている渡辺一郎校注『五輪書』(岩波文庫)を繙いてみました。

 同書によると、『兵法三十五箇条』は1641年〔寛永18年〕にまとめられたもので、その2年後の1643〔寛永20〕年から1645〔正保2〕年の2年間を費やして『五輪書』は書かれたとしています。
 渡辺氏は「『五輪書』は、この『兵法三十五箇条』を敷衍し、肉付けしたものといって過言ではない」と断じ、仏教でいう地水火風空の五大五輪にかたどって五巻に編成され、全巻にわたって武蔵独自の兵法観が述べられている、としています。
 さらに渡辺氏は、万理一空という武蔵の人生観に到達する過程を「地之巻」では、大の兵法すなわち将帥用兵の道、「水之巻」では、小の兵法すなわち撃剣稽古の道、「火之巻」では、合戦の理、「風之巻」では、他流の評論にあてて説いている、と述べています。
 これらのことを頼りに『五輪書』の「地之巻」から、順次推考をくり広げていきたいと思います。

地之巻

 以下は、地之巻「兵法二つの字の利を知る事」の井蛙釈です。
[この道おいて、太刀を振るうことに精通した者を、兵法者と世間に言い伝えられている。武芸の道において、弓を上手に射ることができれば射手と言い、鉄砲が得意な者は鉄砲打ち言い、槍の得手は槍使いと言い、なぎなたを習得した者をなぎなた使いと言う。それなのに、太刀の道を覚えた者を太刀使い、脇差使いとは言わないものである。弓、鉄砲、槍、なぎなた、これらは武家の道具であり、いづれも兵法の道である。しかしながら太刀をもって特に兵法というのには、それなりの道理がある。太刀の徳によって世を納め、身を納めるものであるから、太刀は兵法の起源といってよい。太刀の徳を得たならば、一人して十人に勝つ。一人にして十人に勝つなれば、百人して千人に勝ち、千人にして万人に勝つ。それゆえ我が流の兵法は、一人も万人も同じで、武士の法るべき物事をすべて兵法と言う由縁である。]

 武蔵は「地之巻」において、この項に一番の力点をおいたものと筆者は見て取りました。そして「地之巻」における万理一空のあらましは、〝太刀の徳にかかる霊剣の思想にある〟とみるものです。
 霊剣の思想は、われわれ日本人が古くからもっている心根で、刀剣を単なる武器としてではなく神聖なものとしてとらえる思想です。
 刀剣は、皇位の象徴である三種の神器としての草薙剣(くさなぎのつるぎ)をはじめ、任務や地位を象徴しました。
 また刀剣の中でも、刀(かたな)と剣(つるぎ)は違い、片刃の刀よりも両刃(諸刃)の剣を、より神聖なものとする思想があります。それゆえに武士が腰に帯びるのは刀であっても、その刀を使う技法においては「刀術」「刀道」とは呼ばず、「剣術」「撃剣」というように、「剣」の文字を用いました。今の「剣道」という呼称は、このような歴史上の由来によるものと考えられます。
 琴奨菊の大関昇進により、とんだことに頭を突っ込むことになりましたが、宮本武蔵の至った終の境地が「万理一空」であるならば、拙論といえども書き進める意義を感じる次第です。次回は、「水之巻」から進めて参ります。
つづく

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

新宿区剣道連盟

Author:新宿区剣道連盟
「井蛙剣談」への思い

 「井の中の蛙大海を知らず」と自覚しつつ
「井の中は誰よりも知っている蛙」に成り代わり書き進めてまいります
つたなき指導の一環とお受け止めいただければ幸いです
               真砂 威

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。