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攻めの要点について

                    その115
                攻めの要点について
 剣道において間合は非常に大切な要素であります。
 剣を交えた対者との間合が接近すれば自ずと緊迫度が高まります。緊迫度が高まれば、恐懼疑惑の四戒が生じ、力んだり、焦ったり、逸ったりする心の症状が現れやすくなります。

 両者が相対峙し、切迫した間合での攻め合いのなか、A(相手を見る存在)でいられるか、それともB(相手に見られている存在)になるか、によって優劣が決まります。

 まさに「優勝劣敗」、Aが機先を制し、Bは引けを取ることとなります。
 緊迫度が高まったなかBは、先んじて打って出るか、間合を切るか、さもなくば我慢して耐えるか、いずれにせよ不利な情勢やむなしです。

 当然、強者と弱者が対すれば、強者がAで弱者がBになること必定です。しかし、両者の実力が拮抗する場合も、せめぎ合いのなかで、どちらがAの側に位置し、どちらがBの側に落とし込まれるかで勝敗が分かれます。

 ここに剣道が「心の戦い」と言われ、また「打って勝つな、勝って打て」との指導が、今もって厳然と行われている所以であります。

 Bとしては、間合を切っても所詮一時しのぎに過ぎず、いずれ捉まるでしようし、また我慢して踏み止まれば心身がこわばり、身動きが取れなくなります。
 否応なくBは、先に打って出ざるを得なくなります。そこに打突の好機「技の起こり」が生じます。

 起こりをとらえる技を「出ばな技」と言いますが、これは相手に先手を出させ、その先を越すものです。
 よく「先手必勝」という言葉が使われますが、剣道の場合、先に技を出すことが必ずしも先とは言えないようです。

 Aのように、心を鎮め観察眼をもって相手に技を出させるように圧する働き掛けこそが先の本質だと思われます。
 攻め負けたBが、遅れまい、と急ぐゆえに心身の不一致による一瞬の遅れ、「起こり」が生じ、Aがその「出ばな」をとらえる、というのが勝ちの本道です。

 では、このA対Bにおいて、いかにすればAの立場をとることができるか、またBに陥らずにいられるか。

 これはケースバイケースなので、攻め合いの場面を逐一言語化することは難しいですが、一触即発、間一髪の機にいかなる心境や態勢にあるかが肝心です。

 このことについて相撲の話ですが、示唆に富んだ記事がありましたので、ここに紹介させていただきます。

 『文藝春秋』の最新号(令和元年12月号)に、大相撲の元横綱、稀勢の里(荒磯寛)が、スポーツジャーナリストの取材に答えるかたちで述べています。タイトルは「稽古を改革して横綱を育てたい」です。

 稀勢の里は、今年の初場所で引退表明しましたが、引退後も四股、鉄砲、摺り足は今も毎日やっているとのこと。本人いわく「もともと基本が好きで、中毒っぽくなっている」そうである。

 中学校を卒業してから元横綱隆の里の鳴戸親方の下に入門し、努力一筋で横綱まで上り詰めた稀勢の里が語る一言一言に相撲哲学を垣間見ることができます。

 その中で一番目にとまったのが「先に立ったら負け」でした。立ち合いについて述べているのですが、本文をそのまま引用いたします。

 「常識的には、相手よりも最初に勢いよく立った方が優位とされています。違います。相撲では、先に立った人間の負けです。強い力士は、それが分かっているから相手を先に立たせる。白鵬関はどっしりしたイメージそのままに、相手を先に立たせます。仕掛けが速いと思われていた日馬富士関、体が小さく機敏な鶴竜関についても、立ち合いでは後から立っています。」

 まさに剣道の立ち合いも同じです。
 前述のAの圧力に負けたBが、遅れまいと急ぐがゆえ心身にアンバランスを来たし一瞬の起こりを生じさせる。

 ゆったりと受けて立つというのが「横綱相撲」と思いがちですが、実は、実力に裏打ちされた自信と気迫に満ちた偉容が、相手に負の心理作用を引き起こさせるのでしょう。
 対者は「先に立った」のではなく「先に立たされている」のです。

 さきほどA対Bで「相手に技を出させるように圧する働き掛けこそが先の本質」と申しましたが、攻めについて、相撲にも剣道と通底する理合があるものだと感じたしだいです。
つづく
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新宿区剣道連盟

Author:新宿区剣道連盟
「井蛙剣談」への思い

 「井の中の蛙大海を知らず」と自覚しつつ
「井の中は誰よりも知っている蛙」に成り代わり書き進めてまいります
つたなき指導の一環とお受け止めいただければ幸いです
               真砂 威

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