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ある文明の幻影

その107
ある文明の幻影
 このタイトルは本書「第一章」そのままです。(「第二章」以降も同じ)
 正式題名は、[『逝きし世の面影』を読む「第一章 ある文明の幻影」]です。
*
 幕末・明治初期の日本が諸外国の人たちの目にどのように映っていたのか、本書『逝きし世の面影』(以下「本書」)に載せられている記述を紹介いたします。

 登場人物の紹介と参考文献等については、別掲の[『逝きし世の面影』参考資料]を参照ください。したがって文中に注釈は付しておりません。

 また、ここに紹介する文献は、日本語訳された著作のみとしました。絵画等についても割愛させていただきました。

 この章では、日本が開国し近代化に向けてスタートしたころのことについて、外国人の主立った登場人物とその記述です。

♢ チェンバレン
 「なんと風変わりな、絵のような社会であったことか」
 「古い日本は妖精の棲む小さくかわいらしい不思議の国であった」
 「古い日本は死んでしまった、そしてその代わりに若い日本の世の中になった」

♢ ウェストン
 「明日の日本が、外面的な物質的進歩と革新の分野において、今日の分野において、今日の日本よりはるかに富んだ、おそらくある点ではよりよい国になることは確かなことだろう。しかし、昨日の日本がそうであったように、昔のように素朴で絵のように美しい国になることはけっしてあるまい」

♢ クロウ
 木曽御嶽に登って感銘を受け、
「かつて人の手によって乱されたことのない天外の美」
と誉めたたえ、
「将来いつか、鉄道が観光客を運び巨大なホテルが建つような変貌がこの地を襲うだろう」

♢ ハリス
 下田玉泉寺のアメリカ領事館に、この帝国におけるこれまでで最初の領事旗を掲げたその日の日記に、
「厳粛な反省  変化の前兆  疑いもなく新しい時代が始まる。あえて問う。日本の真の幸福となるだろうか」

♢ ヒュースケン
 「いまや私がいとしさを覚えはじめている国よ。この進歩はほんとうにお前のための文明なのか。この国の人びとの質朴な風俗とともに、その飾りけなさを私は賛美する。この国土の豊かさを見、いたるところに満ちている子供たちの愉しい笑声を聞き、そしてどこにも悲惨なものを見いだすことができなかった私は、おお、神よ、この幸福な情景がいまや終わりを迎えようとしており、西洋の人々が彼らの重大な悪徳をもちこもうとしているように思われてならない」

♢ カッテンディーケ
 「私の心の中でどうか今一度ここに来て、この美しい国を見る幸運にめぐりあいたいものだとひそかに希った。しかし同時に私はまた、日本はこれまで実に幸運に恵まれていたが、今後はどれほど多くの災難に出遭うかと思えば、恐ろしさに耐えなかったゆえに、心も自然に暗くなった」

♢ ポンペ
 「日本に対する開国の強要は、十分に調和のとれた政治が行われ国民も満足している国に割り込んで、社会組織と国家組織との相互関係を一挙にこわすような行為に見えた」

♢ リュードルフ
 「日本人は宿命的第一歩を踏み出した。しかし、ちょうど、自分の家の礎石を一個抜きとったとおなじで、やがては全部の壁石が崩れ落ちることになるであろう」

♢ アーノルド
 「その景色は妖精のように優美で、その美術は絶妙であり、その神のようにやさしい性質はさらに美しく、その魅力的な態度、その礼儀正しさは、謙譲であるが卑屈に堕することなく、精巧であるが飾ることもない。これこそ日本を、人生を生甲斐あらしめるほとんどすべてのことにおいて、あらゆる他国より一段と高い地位に置くものである」

♢ ボーヴォワル
 「どの家も縦材でつくられ、ひと刷毛の塗料も塗られていない。感じ入るばかりに趣があり、繊細で清潔かつ簡素で、本物の宝石、おもちゃ、小人国のスイス風牧人小屋である」
 「まさに地上における最も奇妙な庭園で、望遠鏡を逆にして高い所から眺めた妖精の園としかいいようがない」

♢ オリファント
 「個人が共同体のために犠牲になる日本で、各人がまったく幸福で満足しているように見えることは、驚くべき事実である」

♢ ブラック
 他の国を訪問したあとで、
「日本に到着する旅行者達が、一番気持ちよい特徴の一つと思うに違いないことは、乞食がいないことだ」

♢ オールコック
 「蒸気の力や機械の助けによらずに到達することのできるかぎりの完成度を見せている」

 来訪した外国人の中には、封建的日本に忌憚のない批判をする人もいましたが、上記のことに関しては〝日本への共感〟の上に立った記述と考えられます。

 またこれらの中にはオリエンタリズム丸出しの記述も見受けられます。そもそもオリエンタリズムというのは、東洋に後進性・官能性・受動性・神秘性といった非ヨーロッパイメージを押しつける、西洋の自己中心的な思考様式とされ、これが西洋の絶対的優位の上に立っている以上、いくら賞賛し尽くした表現であったとしても、どこか片隅に侮辱や蔑視の視線が含まれていることも否めません。

 しかし、そのような前提に立ちつつも著者は、
「外国人のあるいは感情や錯覚で歪んでいるかもしれぬ記録を通じてこそ、古い日本の文明の奇妙な特性がいきいきと浮かんで来るのだ …中略… われわれの近代の意味は、そのような文明の実態とその解体の実装をつかむことなしには、けっして解き明かせないだろう」
と、この章を締めくくっています。

 われわれの先人は、これら外国人からの賞賛の声を甘受することなく、いや、むしろ逆に反発心をもって、オリエンタリズムの側の懐に飛び入り、自国を否定することによって、近代化を推し進めてきたのであります。が、その過程で「何か置き忘れてきたものはないか」というのが井蛙子の立場です。
つづく

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プロフィール

新宿区剣道連盟

Author:新宿区剣道連盟
「井蛙剣談」への思い

 「井の中の蛙大海を知らず」と自覚しつつ
「井の中は誰よりも知っている蛙」に成り代わり書き進めてまいります
つたなき指導の一環とお受け止めいただければ幸いです
               真砂 威

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