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『逝きし世の面影』を読む

その106
『逝きし世の面影』を読む
 『逝きし世の面影』は、渡辺京二氏の著作によるものです。

渡辺 京二(わたなべ きょうじ)
 1930年,京都市生まれ.日本近代史家.書評紙編集者などを経て,現在,河合塾福岡校講師.熊本市在住.おもな著書に,『北一輝』(朝日新聞社),『日本コミューン主義の系譜』(葦書房),『評伝 宮崎滔天』(大和書房),『渡辺京二評論集成』(全4巻、葦書房)などがある.近著に,『日本近世の起源』(弓立社),『江戸という幻景』(弦出版)がある.

 幕末から明治初期にかけて、おびただしい数の外国人が日本を訪れております。そしてその人たちのほとんどが日本の自然、風景、人びと、また習慣をも含めた暮らし向き全般について賞賛しています。

 それら外国人が日本をつぶさに見聞し体験した記録を集大成したものが本書『逝きし世の面影』で、わが国が開国そして西洋化、近代化することによって失った明治以前の文明の姿を追い求めたものといってよいでしょう。
 
 著者は、幕末・明治初期の外国人による日本観察記のいくつかを通読する機会を得て、彼らが描き出す古き日本の姿は実に新鮮で、日本にとって近代が何であったか、沈思を迫られる思いがした。昭和の意味を問うなら、開国の意味を問わねばならず、開国以前のこの国の文明のありかたを尋ねなければならぬ。と本書を上梓した動機を述べています。

 また、滅んだ古い日本文明の在りし日の姿を偲ぶには、私たちは異邦人の証言に頼らなければならない。なぜなら、私たちの祖先があまりにも当然のこととして記述しなかったこと、いや記述以前に自覚すらしなかった自国の文明の特質が、異邦人によって記録されているからである。とも述べています。

 井蛙子は、このくだりを目にするや、これは「まさに剣道のことだ」と膝を打ったのですが、はたして著者がいう「滅んだ古い日本文明」という範疇に剣道は入るのか、という疑問がふつふつと湧いてきました。
 それは「文明」と「文化」の問題です。

 本書で取り上げているのはあくまで「文明」であります。しかし、剣道については「文化」という括りのもと〝わが国の伝統文化〟というとらえ方をするのが一般的な習わしであります。
 そして剣道が、現在までも延々と継承されている以上、「滅んだ」にはあてはまらない、とも。

 ところが、本書を読み進めると著者は、
「文化人類学はある文化に特有なコードは、その文化に属する人間によっては意識されにくく、従って記録されにくいことを教えている。この場合、文化とは私のいう文明とほとんど同義である。」
と記しています。

 それもそのはず、この書は文明論や文化論を講ずるものではなく、それらすべてを包摂する〝社会の状態〟を述べているからです。

 というしだいで、自分は剣道という文化に属する人間として、幕末・明治初期以前のわが国の社会の状態を知ることは意義深いと考えました。

 サムライが消え廃刀の世となり剣道不要論が巻き起こる時代、なにせあの150年前の変革は、剣道にとって絶体絶命の危機だったからです。

 あの変革により、剣道の何が滅び、何が受け継がれてきたのか、はたまた今後、何を再構成させるべきなのかについて、今いちど学ぶ足掛かりとしたいと思い至りました。

 そして、その思いを強く突き動かしたのは、本書の中で、著者が魅了された古き日本とは、
「十八世紀中葉に完成した江戸期の文明である」
と述べているところです。

 18世紀の中ごろといえば江戸時代の宝暦・明和年間(1751~71年)にあたります。いっぽう剣道で宝暦といえば、あの一刀流の中西忠蔵が面・小手・胴などの防具を考案し、竹刀防具打込稽古法を採り入れた時代であります。

 宝暦・明和年間は政治・社会も文化的に寛容になり、江戸時代の中で最も自由な時代で、『解体新書』の訳出や平賀源内の活動、三浦梅園の哲学探究や江戸庶民文学の成立期でもあった時代です。

 こういった時代背景と竹刀防具打込稽古法の創始  これはけっして偶然の符合でないと思えるのです。防具をつけて竹刀で自由に打ち合いをする稽古法は、それまで閉鎖的であった流派性を解消し、他流試合が可能となったのですから。

 著者が魅了された古き日本、つまり江戸期の文明が完成した時代に現代剣道が産声を上げた。それだけで本書を味読する価値があると考えました。

 そして幕末には現代と寸分変わらぬ竹刀と防具が完成していたのです。サムライにかぎらず農民も町民も撃剣の稽古にいそしむ、大衆スポーツ(語弊があるかもしれませんが、あえて)として花開きます。

 それでは次回から、異邦人の目に幕末・明治初期の日本がどのように写っていたのか本書『逝きし世の面影』に掲載されている証言ともいえる記述を紹介いたしますが、著者は、
「この中で紹介した数々の外国人に連れられて日本という異国を訪問したのかもしれない」
と述べています。さらに、 
 「少年の頃、私は江戸時代に生まれてこなくてよかったと本気で思っていた。だが今では、江戸時代に生まれて長唄の師匠の二階に転がり込んだり、あるいは村里の寺子屋の先生をしたりして一生を過ごした方が、自分は人間として今よりまともであれただろうと心底信じている」
とも。
 では、次回をお楽しみに。

 参考として、拙談「その四十一」『ゆるぎなきもの』(H25.03.15)↓をご覧ください。
http://shinjukukendo.blog105.fc2.com/blog-entry-43.html
つづく
平成30年2月5日
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新宿区剣道連盟

Author:新宿区剣道連盟
「井蛙剣談」への思い

 「井の中の蛙大海を知らず」と自覚しつつ
「井の中は誰よりも知っている蛙」に成り代わり書き進めてまいります
つたなき指導の一環とお受け止めいただければ幸いです
               真砂 威

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