明治維新150周年を迎えて

その105
明治維新150周年を迎えて
 明けましておめでとうございます。
 皆様方におかれましてはご家族ともどもつつがなく新年を迎えられたこととお喜び申し上げます。
 どうか今年も変わりませず剣を通じてご交誼のほどよろしくお願い申し上げます。

 さて本年、平成30年(2018年)は、明治元年(1868年)から起算して満150年の年に当たります。
この「明治150年」という節目に、いま一度、わが国が歩んできた道のりをふり返ることは大変意義のあることだと考えます。

 井蛙子は、歴史についてはまったくの門外漢ではありますが、己が志す剣道について、時節時節における潮流の中で、いかに栄枯と盛衰を繰り広げてきたかについては、本稿でもたびたび触れているところです。
 いかなるときに剣道への指向が低落し、またいかなるときに重きを置かれてきたか振り返ってきました。

 その中で戦前、戦中の一時期、にわかにおこった剣道の隆盛期がありました。それは戦技的な要請によるもので、極めてありがた迷惑な武道優遇策でありました。剣談その二十二「創立60周年を迎えて」参照↓
http://shinjukukendo.blog105.fc2.com/blog-entry-22.html

 〝われわれ剣道人は、今後はこういった仕向けには、いっさい与しない、という決心と覚悟をもたなければなりません〟

 自分のことを客観的に知るためには他人を映し鏡とするのが最上といわれるように、われわれ日本人のことをわれわれが客観的に知るためには異国の人の目を映し鏡とするのが最上であると考えます。

 幕末、明治維新期にはおびただしい数の外国人が日本に滞在し、日本人を非常に高く評価していた、ことは本剣連ホームページのトップ[一人ひとりが「道」を求め]でも述べているとおりです。↓
http://shinjukukendo.com/index.html

 このような幕末から明治初年にかけ来日した外国人による、日本人を賞賛した手記が数多く残されています。

 が、その当時、日本の知識人の多くは、それら外国人からの賞賛を喜びとするどころか、逆に斥けたとのことです。
 それは、なぜでしょう──
*
 「明治150年」の中ほどに、わが国にとって最も不幸な歴史というべき太平洋戦争があります。昭和20年(1945年)4月には沖縄陥落、8月の広島・長崎への原爆投下、ソ連の参戦などにより、日本はついにポツダム宣言を受け入れ、無条件降伏することとなりました。

 しかし、GHQ(連合国軍総司令部)による占領下において、戦後の日本人の回復力はすさまじいものでした。それは「一億総懺悔」という精根によって発揮され、国民一丸、勤勉一色でもっていち早く復興を果たしました。

 これは日本人持ち前の内省力がバネとしてはたらき、回復力のエネルギーとなったのでしょうが、過去を恥ずべきもの捨て去るべきもの、と全否定しアメリカからの新思想を絶賛しすべて受け入れるという徹底したものでありました。

 このような日本人の、過去を否定するという心理現象は、その昔、太平洋戦争から遡ること70数年、150年前の日本人と同じものといえないでしょうか。

 ─ 国家そのものが大変革を成し遂げようとしているとき、自国への賞賛や美化がかえって変革の邪魔になる、と、それらを斥け、自国の過去を恥ずべきもの捨て去るべきものと全否定する ─

 このような、過去を恥ずべきもの捨て去るべきもの、とする日本人の思考はたしかに自虐的ではあります。

 しかし、明治150年という歴史の中で、維新政府による近代国家の建設、戦後の復興とそれに続く高度経済成長という2度もの変革期をみごと大成させたのは、とりもなおさず、過去を否定的に一掃することを厭わない、日本人の柔軟なる進歩、発展性にあると考えるものです。

 ともかく、この日本人の特質を筆者は、「内省力」ととらえております。
 しかし、いくら内省力が強いといっても、剣道が、変革期のたびにその存続の危機に瀕するのは迷惑千万な話です。

 ─ 明治期に入り廃刀の世となったことによる剣道不要論が横溢した時代、そして戦後、数年の剣道空白時代 ─

剣道はこの2度の変革期において、ともに廃絶の危機に瀕することとなりました。
 しかしこれら変革期をくぐり抜け見事復元できたのは、伝統の力でありましょう。

 これからは、世の毀誉褒貶に左右されない確固とした存在価値を築きあげなければならないと思うものです。

 そのためには、わが民族の源に連綿とつながる、近代以前の日本人について深く思いいたす必要があります。
 とりわけ武士が刀をたばさむ武家政権でありながら、二百数十年の長きにわたって平和を維持しつづけた江戸時代に。

 幕末から明治初年にかけ来日した外国人による、日本人を賞賛した手記が数多く残されているのですが、上述した理由により多くの日本人はそれを斥けました。
 今の世に、それを甦らせたのが、『逝きし世の面影』(渡辺京二著・平凡社・平成17年)という1冊の書です。
 次回は、日本人にとって珠玉ともいうべきこの書を紹介させていただきます。
つづく
平成30年1月9日
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Author:新宿区剣道連盟
「井蛙剣談」への思い

 「井の中の蛙大海を知らず」と自覚しつつ
「井の中は誰よりも知っている蛙」に成り代わり書き進めてまいります
つたなき指導の一環とお受け止めいただければ幸いです
               真砂 威

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