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非暴力性について

その百三

非暴力性について

 前回、「剣における平和への模索」の終わりに、

 極論を恐れずに申しますと、剣道における平和の理として導き出される一大要点は、その「非暴力性」にある

と述べました。

 皆さん方の中には、そもそも刀剣での戦いを原初とする剣道において非暴力性を第一に掲げるのは、突拍子もない、と感じられた方も多いと思われます。

 たしかに「戦い」と「非暴力」をイコールで結ぶには無理があるように見えます。が、あえて非暴力性を謳うその大本は、新宿剣連が旗印に掲げる「交剣知愛」にあります。

 全日本剣道連盟(全剣連)の『剣道指導要領』では、「交剣知愛」を次のように説明しております。

 剣道を通して互いに理解しあい人間的な向上をはかることを教えたことば。稽古や試合で剣を交えた相手と、もう一度稽古や試合をしてみたいという気持ちになること。また、そうした気持ちになれるように稽古や試合をしなさいという教えを説いたことば。

 この交剣知愛には当然、非暴力が内包されているものと考えます。

 剣道の有効打突である「一本」は、刀での斬突を原義とするものであることに疑う余地はありません。しかし今の世において、斬突の技法を身につけるために剣道の修錬にいそしんでいる方が果たしておられるでしょうか。
 もし、現実感をもって斬突の技法の修錬を目的としている方がおられるとしたら極めて希有で時代錯誤的な存在と言わざるを得ません。

 もともと剣道具(防具)は甲冑を擬して作られたものであります。しかし剣道は、身体の要所を防護する甲冑とは逆に、防具で護られた要所を打突部位と定め、その部位を打突し合う修錬法が竹刀防具打込稽古法でありました。江戸時代中期頃に始まったとされ、現代剣道につながっています。
 もちろん竹刀防具打込稽古が始められた当時においては、紛うことなく刀での斬突技法を修錬するものであったでしょう。

 しかし平和期を迎え、戦いがなくなり剣術の実戦性が希薄となった江戸時代中期に、撓(しな)う四つ割り竹刀と身体の要所を覆う防具が考案されたこと自体が、剣術修錬における安全性確保の萌芽であったと見ることができます。

 従来は型(組太刀)稽古が主であったため、極めて流派性が強く閉鎖的でありましたが、実戦形式の竹刀防具打込稽古が導入されたことにより、他流試合が可能となり、次第にこの稽古法が全国に広まっていきました。

 爾来三百有余年、剣道は紆余曲折の道をたどり進展を遂げます。簡記しますと、

・ 時代が下り明治維新による武士階級の消滅、文明開化という世相下において、刀およびその技法は無用の長物と化する。

・ 近代に入り日清・日露戦争や第一次世界大戦などを経るなかで軍国の世を迎えると、武道(剣道)は国からの厚遇を受けるとともに戦争遂行へ向けた勢いに呑み込まれ、次第に軍事武術化の道をたどる。
 
・ 戦後は、GHQ(連合国総司令部)からの厳しい統制により、剣道の活動は著しく制限を加えられ、学校や警察では禁止の憂き目に遭う。

・ 数年の空白期を経て、昭和27年(1952年)に全剣連が発足、剣道は武道色を抜き「純粋スポーツ」として再出発する。

・ 昭和30年(1955年)には国民体育大会へ参加、昭和32年(1957年)には学校剣道へ導入を果たす。

・ 昭和39年(1964年)開催の東京オリンピックにおいて柔道が五輪競技種目となる。柔道の競技会場として日本武道館が設立される。このとき剣道は公開演技として参加する。これらを契機として国際競技化を推進する動きが活発となる。

・ 昭和45年(1970年)国際剣道連盟が発足し、第1回世界剣道選手権大会が日本で開催される。

・ いっぽう識者や専門家の間からは、剣道の過度な競技傾斜化を憂う声も多く上がり、昭和46年(1971年)、剣道のあり方や目的を明確に示すため剣道理念委員会が発足する。

・ 理念委員会では、3年余りの審議を経て昭和50年(1975年)*「剣道の理念」と「剣道修錬の心構え」が制定される。

 以上、剣道が歩んできた道のりの概要であります。その歴史は戦前・戦中の一時期、先祖返り的な徴候もありましたが、概ね健全な道筋を進んできたものと思われます。

 さて、「剣道の理念」及び「剣道修錬の心構え」(以下「剣道理念」)が制定されてから40年余りが経過いたしましたが、果たしてこの剣道理念がどこまで剣道人に広く浸透してきたのでしょうか。

 ごらんのとおり、剣道理念には抽象的な概念が述べられているに過ぎません。それを具現するのは、一人ひとり剣道人のしごとであると考えます。

 ここでは井蛙子が、この剣道理念をよすがとして剣道の非暴力性についての具象例を上げてみたいと思います。
 
 まず、肝心要の有効打突「一本」ですが、先ほど「刀での斬突を原義とする」と申しました。しかし、刀の戦いであれば相手を死に至らしめるほどのワザであっても、一本とされないものが多くある、ということにお気づきでしょうか。

 まず間合を無視したワザは有効とされません。間合とは相手と自分とが剣を交え双方が保ち合う距離です。境界を分かつ仕切りでもあります。それを無視し、つかつかと歩み寄って打ち突きしても有効とはしません。

 全くの初心者同士に防具を着けさせ対戦させると、間合の感覚がわからないから、必ず双方接近しての殴り合いになってしまいます。ボカボカと打ち合う殴打の応酬では、いくら刀では斬れている、また撲殺するほどの強度があっても剣道では一本とはしないのです。

 と、こういうことをとっかかりに剣道の非暴力性について書きすすめて参ります。
つづく

*剣道の理念
剣道は剣の理法の修錬による人間形成の道である

剣道修錬の心構え
剣道を正しく真剣に学び 
心身を錬磨して旺盛なる気力を養い
剣道の特性を通じて礼節をとうとび 
信義を重んじ誠を尽くして
常に自己の修錬に努め
以って国家社会を愛して 
広く人類の平和繁栄に
寄与せんとするものである
平成29年10月19日
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プロフィール

新宿区剣道連盟

Author:新宿区剣道連盟
「井蛙剣談」への思い

 「井の中の蛙大海を知らず」と自覚しつつ
「井の中は誰よりも知っている蛙」に成り代わり書き進めてまいります
つたなき指導の一環とお受け止めいただければ幸いです
               真砂 威

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