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ご挨拶+剣における平和の模索

                  その102
             暑中お見舞い申し上げます
 梅雨まだ明けやらぬまま猛暑の毎日です。皆様方におかれましては体調管理に余念なく、ご清祥にてご精武のことと、お喜び申し上げます。

 さて、皆様もご存じのとおり、新宿剣連はこの度の役員改選により、新たに吉山文男先生が会長に就任されました。
 新役員名簿は、[役員構成]掲載のとおりです。

 私は、小澤弘太郎先生の後を受け、平成19年から5期・10年間、会長職を勤めさせていただきました。その間、小過を重ねながらも、皆様方のご協力を得て、なんとか大任を勤め上げることができました。

 どうか皆様方におかれましては、吉山新会長のもと、剣連ひと纏まりとなって「交剣知愛」の輪をなおいっそう実りあるものとしていただきたく存じます。

 今後、私は、一会員として、これまでと同様、日々の稽古また各種行事に参加させていただく所存ですので、どうかよろしくお願い申し上げます。

 またこの剣談も、これからは立場を変え、「いよいよ井蛙!」と、開き直り筆をふるわせていただく所存ですので併せてよろしくお願い申し上げます。

             剣における平和への模索
 この剣談を綴りはじめた当初の平成23年7月、その八「男もすなる剣道」において、私が剣道を始めた頃のことを手がかりとして、女子剣道について、その萌芽期から今日の隆盛期、そして最近の進展ぶりについて述べました。
 いま一度本文をふり返ってみますと、萌芽期においては、

当時の女性剣士は、「男勝り」という形容がぴったりの、勝ち気でしっかりしている人が多かったように思われます。相打ち、鍔競り合い、体当たりなど男に負けじと気丈に立ち向かう存在でした。

 
 それが隆盛期を迎え、更に今日では、

 

いままでの男勝りから脱皮し、本来あるべき女子剣道への志向とでも申しましょうか、「端正」とか「優雅」、「洗練」といった言葉があてはまる剣づかいへの転換といったものが感じられるようになりました。
 たとえば、か弱き女性であったなら、力強さを無理に出そうとはせず、か弱きままに端正に構え屈強な男性と対峙する。攻防にさいしては非理な力比べを避け、理に適わぬ相手の剛打に対して凜とした身ごなしで体をさばく。のれんに腕押しのごとく勢い余って踏鞴(たたら)を踏む、その事々しく振り向く巨漢の鼻面にピタリと剣先をつける。
 仕切り直しても、中心軸はぶれず腰具え凛々しく涼やかに迎えうつ。こんどは、と、猛り立つ大男の打ち出しにも、自我に抑制をきかせつつ柔軟性をたたえた姿勢はゆるぎなく、懸待一致よろしく、起こり頭をのがさず、または居着きに乗じるといった、たおやかな立合 …中略… まるで「柔能く剛を制す」の極意を見る思いでした。



 これは、現に身長差30cmもあろうかという大身の男性を相手に、見事七段に合格された50歳代女性の審査でのつかいぶりを描写したものです。
 更に、

 

総じて女性は男性に比して非力な分、理に聡いというか、理合を求める感覚が鋭いと言えるような気がします。また高段の審査を見るかぎり剣道着、袴、道具等の着装や礼法、立居振舞にいたるまで女性の方が端正、優雅、洗練の度合いが高いといえましょう。
 今や女子の剣道人口は全体の三分の一に迫る勢いで増加しておりますが、これほど女子の愛好者が増えた要因は、「安全」であることが第一に上げられます。女性同士でおこなう他のスポーツと比較しても剣道は安全性が高いとのデーターもあります。…中略…
 現代の剣道は、常に「生き死に」の問題と直結させながらも、時代の要請を受け入れ「安全」にいそしむことができる修業道として定着してきたといえます。これが今の時代に生きる剣道のあるべき姿ではないでしょうか。
 剣道は、「安全」というキーワードで女性愛好者が増えました。「安全」「女性」とくれば、その延長線上にあるのは「平和」です。
 「生き死に」に連結する「安全」、そして「女性」の参画が剣道の「平和原理」とするならば、わたしたちにはこぞってこれを世界中に広めなければならない使命があります。


と述べ、「いま新たに〝剣道平和原理主義〟に生きる決意をいたしました」と記しています。

 また、平和に関連する書として、『残酷平和論』(著者:鴨志田恵一・発行所:三五館)を紹介しました。剣道教士七段の鴨志田氏が描く、この平和論の脊柱として貫いているのが「理」であり、広く剣道を考える書としては最適であるとお勧めしました。

 —あれから6年—
 その後も剣における平和への模索が続いております。が、これは単に私一剣士だけでなく、わが国における剣道の伸びと拡がりは、暗黙裏に日本人が武による平和を志向してきた帰結であろうか、と考えられます。

 そして極論を恐れずに申しますと、剣道における平和の理として導き出される一大要点は、その「非暴力性」にあると考えるものです。

 さて、この戦いの術技である武と非暴力が、どこでどのように繋がるのでしょうか。
つづく
                                        平成29年7月18日

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新宿区剣道連盟

Author:新宿区剣道連盟
「井蛙剣談」への思い

 「井の中の蛙大海を知らず」と自覚しつつ
「井の中は誰よりも知っている蛙」に成り代わり書き進めてまいります
つたなき指導の一環とお受け止めいただければ幸いです
               真砂 威

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