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打突の好機について

その九十七
打突の好機について
 皆様、明けましておめでとうございます。皆様方におかれましてはご家族お揃いで輝かしい新年をお迎えのこととお慶び申し上げます。
 どうか本年も、剣を交えてのご好誼、よろしくお願い申し上げます。

 さて井蛙剣談、今年の第一談は「打突の好機」について述べさせていただきます。
 剣道で一番難しいといわれるのが、打突の好機をどのようにとらえるかです。
 一応の基本技や応用技ができた後は、相手との攻防においていかに機会をとらえて技を発するか。ここに剣道の極みがあるといってよいでしょう。

 「よい機会に放たれた打突は、その場にいる者すべてが感動を共有する」とよく言われます。
 もちろん打った本人が一番爽快感を味わうわけですが、打たれた相手も得心、また審判あるいは審査員も唸(うな)る、そして会場の観衆にまでにも共感をよびます。
 反対に、間合や機会を無視した滅多矢鱈(めったやたら)の打ちは、相手にも回りにも反感や嫌悪感を与えます。
 ですから〝感動の一本を求めての修錬〟これが一番大事なことかと存じます。

「打突の好機」について、全剣連発行の『剣道指導要領』では、

[打突すべき最も良い機会。その代表的なものは、①技の起こり②技のつきたところ③居ついたところ④相手がひいたところ⑤技を受けとめたところなどがある。これをよく理解して稽古することが技能の向上のために重要である。]

としています。が、この説明で十分理解できたでしょうか。
 この①から⑤までを言葉として覚えることはそう難しいことではありません。しかし、実際の稽古や試合あるいは審査の場面でこの打突の好機をいかにとらえるか、これが非常に難しいのです。
 今回はまず、この打突の好機について紐解いていきたいと思います。

 打突の好機①~⑤ですが、私はこの状態はすべて「居つき」の現象であるととらえています。
 たしかに打突の好機③に「居ついたところ」とあります。しかし、それだけではなく、①から⑤すべて「居つき」と考えます。
 「居つき・居つく」について『剣道指導要領』では、

[ある一つのことに心が捉われて相手の動きや隙を見つけることができず、十分な力を発揮できないこと。相手に動きや攻め、守りで主導権を握られ思うようにならないこと。一瞬気を抜いたため自分の動きが制約されて動きがとまること。]

と記されていますが、まさにその状態が相手にとって打突の好機となるわけです。
 ①「技の起こり」は、出ようとするときの一瞬の力み固まったところ
 ②「技のつきたところ」は、技が尽き制御不能に陥ったところ
 ③「居ついたところ」は、身体が固着した典型的な居つき
 ④「ひいたところ」は、行き詰まり心が止まったところ
 ⑤「技を受けとめたところ」は、受け固まったところ
これらはすべて「居つき」の態様なのです。

 ではなぜ、この「打突の好機」である「居つき」が重要性をもつのでしょうか。
 現在われわれが行っている竹刀防具による剣道は、真剣勝負を起源とするものであることは周知のことです。
 ではその昔、生死を賭す真剣勝負にあった〝真剣味〟というものを現代剣道のなかでいかに〝再現〟させることができるか。
- 真剣味再現 -
 今われわれが普段行っている剣道を掘り下げ、「真剣味再現」という視点で考えてみたいと思います。

 剣道は「老若男女一堂に会する」を謳い文句としていますが、これは安全性の確保が十分に施されているゆえのことであります。このような極めて安全裡に攻防がくり広げられている日々の稽古のなかで、いかに「生き死にを問う」か。このことに剣道の今日的意味があると思うのです。

 その生き死にを問う手がかりを『五輪書』(宮本武蔵)に求めますと、

[*惣而、太刀にても手にても、いつくとゆふ事をきらふ。いつくはしぬる手なり、いつかざるは、いきる手也]

と記しています。ここで武蔵は「居つくは死、居つかざるは生」というふうに生死の境について言及しています。また、

[**飛足をこのまざる事、飛あしはとぶをこりありて、とびていつく心あり]

とも。
 このように飛ぶ起こりが居つきであると、現代剣道にもそのまま当てはまる教示をしております。

 こうした「居つき」を「打突の好機」と定め、この急所をとらえることを有効打突の極め付きとすることで、現代剣道をして真剣勝負に言寄せ、真剣味を再現させようとした、と考えられないでしょうか。

 戦いの最中に身心が固着して身動きのとれない状態、あるいは動作が滞る状態に陥るのが居つきです。このように居つきは必然の負け、即ち「死を象徴」するものとの考えです。

 相撲用語で***「死に体」という言葉があります。力士の体勢が崩れて立ち直ることが不可能になった状態のことを言います。相撲の取組においては「死に体」となった時点で負けとされるのですが、武術本来としては相手を投げるのに一番効果がある「投げの好機」であるといってよいでしょう。すなわち剣道の「打突の好機」です。
 このように相撲の「死に体」と剣道の「居つき」とは通底するものがあります。

 「居つき=死」の勝負観をもって修行することこそが、現代剣道をして「真剣味再現」に至らしめるキーポイントであると考えます。
 居ついた時点で負けと悟る。そして反対に、

- 居つかない身体をつくる -

ことこそが剣道上達の要諦でもあるのです。
つづく

* 「水の巻」-太刀のとりようの事-
** 「風之巻」-他流に、足つかひ有る事- 
*** 実際の取組では、体が死んでいるとして、土俵上に体が触れたり土俵を割るなどしなくても、その時点で負けとみなされる。勝者側は一緒に倒れるか、〝かばい手〟をつかい衝撃を和らげ相手の無用なケガを避ける。

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プロフィール

新宿区剣道連盟

Author:新宿区剣道連盟
「井蛙剣談」への思い

 「井の中の蛙大海を知らず」と自覚しつつ
「井の中は誰よりも知っている蛙」に成り代わり書き進めてまいります
つたなき指導の一環とお受け止めいただければ幸いです
               真砂 威

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