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「力を抜く」を読んでの感想文

               「力を抜く」を読んでの感想文
 新宿スポーツセンターの休館が4月15日まで長引き、皆様方におかれては剣道難民の状態に陥っておられないかと懸念しております。
 前回お示しした、「たたみ一畳の修業」続けておられるでしょうか。

 こんなとき、少年部(中学生の部)に所属している小田切 碧生君と会う機会がありました。そのとき、小田切君から井蛙剣談の感想文を渡されたました。
 拙談に対するコメントなど、皆無の状態で書き進めて参りましたが、少年剣士から感想文を手渡されるなんて、不可思議でありました。

 実は会員の林 裕子さんから、本年1月10日付「力を抜く」を読むように薦められて、が発端のようです。
 小田切君は、この春中学2年生になるのですが、この感想文はとてもこの年齢の少年が書いたものとは思われない内容なので、ここに紹介いたします。


「力を抜く」を読んで
小田切 碧生
 僕は剣道が強くありません。「スポーツとして好きか?」と聞かれたら、正直、好きではないかもしれません。
それなのにどうして続けているんだろう、と自分でも思います。両親にも同じことをよく聞かれます。
 でも、なぜか〝続けていくべき〟だと思っています。
 それは、〝自分が生きていくうえで、必要なことが剣道には詰まっている〟気がするからです。
 必要なことというのは、誰かに襲われたとき、棒きれ一本で防御するためというような実用的なことではありません。というか、僕の剣道の腕前では、戦うよりも走って逃げた方が、絶対、有効だと思います。

 僕が今、剣道を続けているのは、剣道という戦う技術そのものよりも、その精神というか根底に流れている物の考え方が、人生において、とても大切なものだと思う、からかもしれません。

 それは僕が幼いころから続けているピアノとも似ています。
 剣道もピアノも「基本」をとても大切にします。剣道の素振りや切り返しは、何十年も剣道を続けている先生方も必ず行いますが、ピアノもハノンなどのように、指の動きをスムーズにするための「ドレミファソラシドドレミファ……」を延々と繰り返すような基礎レッスンが欠かせません。

 メロディもリズムも変化がないので新しい曲を練習するのに比べると、すごく退屈で、でもなかなかキレイに揃わないのでうんざりすることもたびたびありますが、これをさぼると、とたんに他の曲もきれいに弾けなくなります。

 真砂先生が書かれていた「力を抜く」というのも同じです。しっかり鍵盤を叩かないと、いい音は出ないのですが、ずっと指や腕、肩に力を入れたままだと音がギクシャクして来たり、美しい音ではなくて、うるさい音になってしまいます。

 僕は昨年、ピアノの先生に「脱力ができていない」と、何度も、何度も指摘されました。最初はよく分からなくて、そっと弾いてみたり、軽いタッチを心がけたりしましたが、先生は「それは違う」というのです。
 でも、何度も叱られて、先生の弾き方を見せてもらううちに、〝ピアノは指で弾くのではない〟ことに気が付きました。

 肘や肩、指に常時、力を入れて鍵盤を叩くのではなく、重心を左右にわずかに移動させたり、手首をやわらかく使うことで、体に力を入れなくても(入れない方が)スムーズな動きになり、なめらかで豊かなメロディを奏でることができ、鍵盤を弾く一瞬だけ、パッと指に力を込めて、瞬時に脱力することで鍵盤につながっているピアノの弦が美しい響きを作るのです。

 という理論は、先生に教えていただいたり、本を読んで理解しましたが、なかなかうまくいきません。ピアノも剣道と同じで、基礎練習で指の動き脱力のタイミングを何度も何度も練習することが必要なんだと思います。
 この基礎練習が必要なこと、日々こつこつ努力をすることの必要性は、ほかのどんな物事にも共通すると思います。
 毎日ちょっとずつでも辞めないで努力するから得られる自信とか進歩の大切さをピアノと剣道は教えてくれる気がします。

 真砂先生の書かれたエッセイを読んだ後、稀勢の里関が引退して、弟子に稽古をつけたというニュースをネットで見ました。
 引退して親方になっても基本の稽古を続けている元稀勢の里は、弟子たちに稽古をつけたとき圧勝し解説者の舞の海さんが「初場所に出ても優勝できる、元稀勢の里は今が一番強い」と言ったそうです。
 横綱を引退し、現役ではなくなった後も、基本の稽古を続ける稀勢の里はものすごくかっこいいです。
 新宿剣連には、僕の何倍も生きている年を重ねた方々たくさんいますが、その方たちは稀勢の里と同じく、基本の大切さを知っているのだなあと思いました。
 強くなるための剣道ではなく、生き方を学ぶ道としての剣道を、これからも学んでいきたいです。

 文中の「ハノン」? こちらが常識がないのか、ちょっと聞き慣れない言葉なので調べましたら、フランスの作曲家、シャルル゠ルイ・ハノンが1873年に作曲した練習曲集のことらしいです。

 いかがですか。剣道とピアノを対比させて基礎練習の大切さを理論的に述べています。習い事の上達の要諦を自分なりに解き開き、咀嚼し、平たくまとめた文章に感心いたしました。
 そして、引退後も基本の稽古を続ける稀勢の里を「ものすごくかっこいい」との受け止めは、実に求道的であります。

 今秋11月、74歳を迎える私は、運転免許の更新期でもあります。同時に免許返納を決めている身ではありますが、なんだか新たにピアノを習いたい気分になりました。
 一つの道にドップリ浸かってきた人間は、かえってその求道に〝慢心はないか〟常々反省しなければなりません。他の習いを始めるのもその一つかと。
 その時は、小田切君、指導をよろしくお願いします。

 皆さん、このコロナ「禍」を、自己の剣道の基礎を内側から見直す、たたみ一畳の修業、で「福」と転じさせようではありませんか。
井蛙剣士 頓真
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プロフィール

新宿区剣道連盟

Author:新宿区剣道連盟
「井蛙剣談」への思い

 「井の中の蛙大海を知らず」と自覚しつつ
「井の中は誰よりも知っている蛙」に成り代わり書き進めてまいります
つたなき指導の一環とお受け止めいただければ幸いです
               真砂 威

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