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丹田の自覚

                  その122 
                 丹田の自覚
 このように行きつ戻りつ試行と錯誤を重ねる道は、まことに曲がりくねったものでした。

 『五輪書』に記されている、力の存在を否定した「太刀の道」を知るすべに触発され、「太刀の道に哲理あり」という思いを強く懐いたこと。

 その中で、日本剣道形のすり足で行う「切る」と竹刀剣道の「打つ」の動作の違いに気づき、素振りと切り離して「空間打突」の修錬を自らに課したこと。

 しかし、空間打突を行う上で、実地の打ち込みを想定して行えば、踏み切り足(蹴り)と踏み込み足(着地)に速さ強さが求められる。力強く蹴り踏み付ければ、一瞬の力みは避けられず、これではいくら上肢を脱力しても、下肢とのバランスが保てずギクシャクしてしまう。といって、跳ばなければ繰り出す技が打突の好機〝今、ここ〟に間に合わない。

 そこで、力まぬ体勢よりも速攻性の方が重視されるのが現代剣道の競技的な要請であるのならば、その力みに伴う〝居つき〟という縛りの中で相手に攻め勝ち、隙を捉え打突する道を模索。

 また、〝力み〟を伴うことやむなし、とするのは、対峙する相手とは常に相対関係にあり、巷での稽古や試合を見ていると、みな跳び込み技を駆使して戦っており、双方とも力みまくって攻防を繰り広げている。
 ならば、こちら側が相手より柔らかな身動き、より力み少なく技を発することができれば戦いを有利に展開することができること必定。

 そして至ったのは、〝力み〟を伴うことやむなし、とした上での空間打突を再構築することでした。
 富士山を思い描いた構えから打ち出す空間打突は、腹部を充実させ重心を下げ腹式呼吸で行うことにより、〝かたち〟づくりに長足の進歩が感じられるようになります。

 今まで虚空でもがいていた身体が、いつの間にか、力みなく、楽で、すらっと、軽やかに、身体が竹刀とともに床上で一体となった感覚がやって来たのです。
 倦厭に苛まれていた空間打突の修錬に、ようやく励みがついてきました。

 と言いましても、それはあくまで独り稽古の段階においてであって、実地に役立つのは今少しの修錬を要します。
 またこの感覚も、更なる気付きによって打ち消されることになったり。気付きと打ち消しを繰り返し、これから先も、行きつ戻りつ、試行錯誤の歩みは続きます。

 ただし、この段階に入ってからは否定的な言葉が頭をよぎることはなくなり、「もっと」「より良く」の方向へ、楽しんで〝型〟づくりの修錬に励むことができるようになってきたのです。

 命題である「力を抜いて、気を入れる」の解明、第一歩とでも申しましょうか。
 身体と竹刀が一致し、打ち込んだ〝かたち〟があるべき〝型〟に嵌まった身体感覚がついにやって来たのです。

 この満足のいく進歩をもたらせたのは「上虚下実」とくに腹部の充実を心懸けたことにあると思われます。
 この一筋の光をたよりに進んでいけば、これすなわち「達人への道」、との信念も芽生えてきました。

 古くから日本人は、心と身体を統べる源を「腹」と考えてきたようです。また日本語には腹にまつわる言葉がたくさんあります。
 「腹に納める」「腹を決める」「腹をくくる」「腹を据える」「腹が太い」「腹を読む」「腹を割る」というように、人の魂は「腹」に宿ると意識されてきたようです。
 また、腹を切っての自死「切腹」が武士道の美学とされたのも、この意識がなせるものと思われます。

 私も、これら故事にならい、「腹」を心身の統一体と考えて修錬することによって、高度な剣技の能力が養われる、という思いを強く懐きました。

 広く芸道には「胸で見て、腰で聞け」という教えがありますが、空間打突を発念した私は、加えて「腹で動く」ことを心懸けることといたしました。

 また、重心を下げ腹部に気を押し込めた空間打突を積み重ねることによって、いつしか下腹部に「丹田」の在り処が感じられるようになってきたのです。

 今までも「丹田」という言葉はよく耳にし、また呪術的なものとして興味もありました。しかし、これはあくまで観念上のもの、あるいは精神的なものであって実体のないものであろうと思うに留まっておりました。

 また「丹田」を辞書で調べても、「下腹部の、臍の下にあたるところ。ここに力を入れると健康と勇気を得るといわれる」や「人間のへその下三寸の所。漢方で、元気の集まる所とされる」などと記されているだけで、いくら読んでも具象として認識することができません。
 気功やヨガなどの本には、丹田の在所を示す絵図なども載っていますが、すぐさま自分で体感できるものではありません。

 また、全剣連の『剣道指導要領』でさえ、「臍下丹田」について「臍下の下腹部を示すことばで、気力の充実や精神的な安定を保ち、合理的な動作を行う上で極めて重要な身体部位であるといわれている」という説明に終わっているありさまです。

 ただ、こうした「丹田」への思いは、一修業者として探究するに足りる十分な動機を与えました。下腹部のどこかに、パワーの根源が潜んでいる、と考えることによって。

 空間打突の修錬に当たっては、その丹田への思いを〝かたち〟づくりに籠め、身動きの一挙一動を常に「腹」を意識に置いて実行いたしました。

 そうすると、今まであった上肢下肢アンバランスのギクシャク感が徐々に解けてきます。「腹」を主体に動作することによって、上肢下肢を別々にとらえるのではなく、四肢を含めた身体全体を統御している感覚が得られたのです。
 ついに来た!
 「丹田の自覚」です。
つづく
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プロフィール

新宿区剣道連盟

Author:新宿区剣道連盟
「井蛙剣談」への思い

 「井の中の蛙大海を知らず」と自覚しつつ
「井の中は誰よりも知っている蛙」に成り代わり書き進めてまいります
つたなき指導の一環とお受け止めいただければ幸いです
               真砂 威

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