FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

士魂

その112
士魂
-『逝きし世の面影』を読む「総集編」-

 『逝きし世の面影』を読み、外国人が日本人の宗教心の薄さについて述べている記述の中で、いちばん興味深く思ったのは、

♢ スエンソン
 「日本人の宗教心は生ぬるい。 …日本人に何を信じているのかたずねてみても、説明を得るのはまず不可能だった。私のそのような質問にはたいてい、質問をそらすような答か、わけのわからない答しか返ってこなかった」

♢ チェンバレン
 「日本人に、あなたの宗教は何か、仏教か神道かとたずねると、全く困った顔つきをするので面白く思った」

この二人の感想です。
 じつは、外国人のこのような問いかけに困り果てたのが、あの『武士道』の著者、新渡戸稲造でありました。

 剣談H25.09.04 その四十八「日本人は武士道を知らない、のか」で取り上げましたが、今一度ごらん下さい。
 新渡戸稲造が青年期、ヨーロッパ留学中に某教授と交わした会話です。

*
 「あなたのお国の学校には宗教教育はない、とおっしゃるのですか」と、この尊敬すべき教授が質問した。「ありません」と私が答えるや否や、彼は打ち驚いて突然歩を停め、「宗教教育なし!どうして道徳教育を授けるのですか」と、繰り返し言ったその声を私は容易に忘れえない。当時この質問は私をまごつかせた。私はこれに即答できなかった。というのは、私が少年時代に学んだ道徳の教えは学校で教えられたのではなかったから。私は、私の正邪善悪の観念を形成している各種の要素の分析をはじめてから、これらの観念を私の鼻腔に吹きこんだものは武士道であることをようやく見いだしたのである。
(岩波文庫版『武士道』矢内原忠雄訳より)
*

 新渡戸稲造著の『武士道』は、皆様方もよくご存じで、お読みになった方も多いと思います。また新渡戸はアメリカ人女性と結婚していましたが、その妻からもその同教授と同じような質問をしばしば受けており、これらのことが『武士道』執筆の端緒となったといいます。

 ヨーロッパ留学から10年ほど後、体調を崩し米カリフォルニア州で転地療養中、「Bushido The Soul of Japan」の書名で出版しました。1899年、新渡戸が38歳の年です。
 1899年といえば明治32年、時あたかも日清戦争(明治27~28年)と日露戦争(明治37~38年)との狭間です。

 しかしその背後には、在米日本人移民排斥運動が深く関係し、アメリカの対日本人観が悪化の一途にあり、また、白人優越の人種差別観が根底にあったようです。

 新渡戸は、「これではならない、日本人はそのようなもんじゃない、なんとかして世界の人に、日本人の精神の核となるもの、日本人の生活を根底から支えているものを知らせたい」という思いで書き上げたとのことです。

 その『武士道』が、当時のアメリカ社会から大変な賞賛を受け、続いてフランス語、ドイツ語などにも翻訳され世界のベストセラーとなりました。その後、逆輸入というかたちで日本語に翻訳され日本人の目にすることとなるわけです。

 この新渡戸『武士道』は、「武士道はその表徴たる桜花と同じく、日本の土地に固有の花である」と説きおこし、「武士がその職業においてまた日常生活において守るべき道を意味する。一言にすれば〝武士の掟〟すなわち武人階級の身分に伴う義務(ノーブレス・オブリージェ)である」と喝破します。

 そして、「義」「勇、敢為堅忍の精神」「仁、惻隠の心」「礼」「誠」「名誉」「忠義」「克己」などその中味について解説し、武士の掟であった武士道が、やがて民衆への感化をもたらし、日本の精神的土壌に開花結実し、遍く国民の道徳教育となっていったかを説き明かしました。

 新渡戸稲造は「Bushido」の副題に「The Soul of Japan」と添えているように、彼はもともと武士道の書として世に出すつもりは毛頭なく、日本(あるいは日本人)の魂を世界に知らしめたいとの思いで文を紡いでいったのです。

 世界の架け橋であろうとした新渡戸稲造の著「Bushido」が後年、和訳『武士道』として逆輸入され、フレーズ「武士道」が戦意高揚のために利用されたのですから皮肉なものです。

 剣談その107「ある文明の幻影」の最後に、われわれの先人は、これら外国人からの賞賛の声を甘受することなく、いや、むしろ逆に反発心をもって、オリエンタリズムの側の懐に飛び入り、自国を否定することによって、近代化を推し進めてきたのであります。が、その過程で
「何か置き忘れてきたものはないか」
との提言をいたしました。

 その答えとして井蛙子は、

武士道に由来する剣道を
日本の教育的資産として価値あるものにすべく
今あらためて武士道を言問う必要がある

とする立場です。
しかし、直接的に「武士道」を言挙げするのは、やはりためらわずにはおられません。それは拙談「その四十八」から「その五十八」の武士道シリーズで縷々申し上げたとおりです。
 言挙げするには「武士道」は、あまりにも歴史の手垢にまみれてしまいました。

 武士道に代わる言葉としては、「士魂」とよぶ言い方があります。
 「士魂」は、武士道の同義語として「武士の精神」を言い表した言葉です。

 謂われあって武士道と言うのが好ましくないのであれば、この「士魂」を武士道に代え呼び習わしては、との思いもあります。

 ですが、これとて、いついかなる時に、お定まりのワンフレーズとして歪曲されステレオタイプで用いられることがないとは言いきれません。

 なにはともあれ剣道が武士道なり士魂の所在を示すものとして確固たる地歩を占める必要があるとつよく思うものです。

 わたしは、この『逝きし世の面影』を読むことによって、なにものかが明治維新期においても太平洋戦争後と同様、わが国の歴史と伝統を意図的に分断してきたのだということを、改めて自覚する機会となりました。

 いま、歴史と伝統を重んじることの重要性が盛んに言われていますが、まさに、われわれがおこなっている剣道こそ歴史と伝統そのものなのです。

 あの二つの分断を堪え忍び、現在まで様式や精神の大筋を変えることなく延々とつなげてきた剣道こそ、わが国の歴史の背骨であります。

 どうか皆様方、意を強くもって更に精進をかたむけようではありませんか。

 これを以て、年初「明治維新150周年を迎えて」から始まった「『逝きし世の面影』を読む」のシリーズ 
〝今こそ発揮したい、幕末明治維新版、クールジャパン〝
を閉じさせていただきます。
スポンサーサイト
プロフィール

新宿区剣道連盟

Author:新宿区剣道連盟
「井蛙剣談」への思い

 「井の中の蛙大海を知らず」と自覚しつつ
「井の中は誰よりも知っている蛙」に成り代わり書き進めてまいります
つたなき指導の一環とお受け止めいただければ幸いです
               真砂 威

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。